第七十四話 勧誘
1
環は庭の奥で篠笛を吹いている。
シンと一緒に洗濯をした後、一人で笛の練習をするのが最近の日課になっている。
戦や討ち入りもひとまず落ち着いているので、医療班の仕事にも合間が出来るようになった。
軽やかで明るいメロディーが流れる。
環が笛から唇を離すと、後ろでパチパチと拍手がした。
「薫」
環が振り向くと、いつの間にか薫が後ろに立っている。
「いまの、なんて曲?」
「LOVIN'○○○」
「ふぅん・・初めて聴いた」
「古い曲だもん」
環の母が好きな曲なのだ。
「誰が歌ってるの?」
「確か・・今井○○って名前だったかなぁ」
「・・分かんないなー」
薫が苦笑する。
薫は元の時代でJ-POPやK-POPやアニソンばかり聴いていた。
環の懐メロ路線には、知識がついていかない。
「環、それ・・」
薫が環の左手首に目を移す。
「ミサンガだったんだ、あのストラップ」
「・・ミサンガつけるなんて恥ずかしんだけどね」
環が照れくさそうに笑う。
「元の時代に戻れるよう願かけたの?」
薫がなにげなく訊くと、環が笑って答える。
「ううん・・強くなれって。何があっても負けないくらい強く」
2
翌日、朝飯の席で永倉が言い出した。
「土方さん、オレも新入りの隊士を紹介してぇんだがな」
「なんだ、新八。心当たりでもあるのか?」
土方が顔を上げる。
「ああ、3人ばかしだがなー。腕ぁ立つぜー」
永倉が腕を組む。
「良かったら、さっそく今日にでもメン通してぇんだが、どうだい?」
「構わねぇ、今日は外にゃあ出かけねぇからな」
土方が茶をすする。
「おめぇの見立てなら、間違いねぇだろ」
「へへ、そーかい?」
永倉は軽く笑うと、隣りの原田と目配せした。
昼過ぎに永倉が、稽古の様子を見ている土方に声をかけた。
「土方さん、連れて来たぜ」
土方が振り向くと、永倉の後ろに体格の良い男が3人立っている。
なんとなく見たことがあるような気がして、真ん中の男の顔をマジマジと覗き込む。
すると、男が声を出した。
「・・トシさま」
両手を胸の前で祈るように組んでいる。
「え?」
土方が訊き返す。
「お会いしとうございました」
スッと土方に近づいた。
「え?あ・・あーーー!!」
土方が声を高くする。
「おめぇ・・おめぇ・・・・夢屋の女将じゃねぇか!!」
「トシさま、お久しゅうございます」
化粧はしていないが、確かに夢屋の女将である。
「新八!!てめぇ、どーゆーつもりだ!?」
土方が永倉の方に振り返った。
「どーゆーって・・新入り隊士の勧誘だよ」
しゃしゃあと言ってのける。
「ふざけんなっ、とっとと連れて帰れ!!こんなモン」
土方が声を荒げる。
「おいおい・・そいつぁねーぜ、土方さん。腕前も見ねぇで落とすつもりかよ」
永倉が腕を組む。
「ここに来る前にどんな仕事してようが、実力さえあれば買うんじゃなかったのかよ?」
永倉の言葉に土方が黙り込む。
「ちょうどいいだろ。ひとつ腕前だけでも見てくれや」
永倉が稽古場の方を見た。
3
「女将は江戸で、起倒流柔術の師範代をしてたんだよ」
永倉と土方が稽古場で並んであぐらをかいている。
「使える得物もいくつか種類があるらしいぜ」
稽古着に着替えた女将と連れの2人が指示を待っている。
「松原」
土方の声で、四番隊の松原が立ち上がる。
以前、大坂で柔術指南をしていた松原は、島田と並びいかつい風貌だが柔和な男である。
「うっす」
女将と松原が構えあう。
剣ではなく体術の組み稽古だ。
「始め!」
審判役の柳田が手を上げると、すぐに組み合った。
しばらく組み合いが続くが、双方ともなかなか技をかけきれない。
女将が松原を背負い込もうとするが、簡単にかわされる。
松原も女将を右足から刈り倒そうとするが、スルリとかわされる。
しばらく五分五分の攻防が続いたが、松原の足が女将の膝の裏を引っ掛けて体勢が崩れた。
一緒につぶれる形になって、そのまま松原が女将を抑え込む。
「一本!」
柳田が手をあげる。
勝った松原が立ち上がって、女将に手を差し出す。
「あんさん、なかなかの腕やなぁ」
その後、女将に続いてオカマバーで働いていた2人が松原と手合せした。
松原が全部勝ち抜いたが、試合の内容はなかなかの競り合いだった。
土方が息をつくと、永倉の声が聞こえる。
「どうだい?土方さん」
「・・ったく」
こうして夢屋の女将とオカマ2人が新選組に加入することになった。