第七十二話 噂話
1
「そうそう、井上とデキてるって噂もあんなぁ」
原田が面白そうに言った。
「っ・・なん?」
沖田が顔を紅潮させて、声を荒げる。
「誰がそんなこと言ってんですか!?」
「オレ」
永倉と原田が異口同音で答える。
「新八っつぁん!左之さん!」
沖田の怒声に2人はまったく動じない。
「だってなー」
原田がわざとらしく舌っ足らずな声を出す。
「おかしいじゃんなー、いい若ぇモンが、女に全くキョーミ無しなんてよー」
「総司・・おめぇ、そっちの趣味だったんか?」
斎藤のあどけない質問に、沖田がさらに声を高くする。
「んなわけねーだろ!気持ち悪ぃんだよ!」
「あっそ」
原田が鼻を鳴らす。
「まーまー、落ち着けよー」
永倉がなだめる。
「そういう噂も悪かねーぞ」
「なんでですかい!?」
「若ぇ隊士の中じゃあ、おめぇに憧れてる連中がいるみてぇだぜ。"沖田組長~~"って」
永倉のひやかす口調が気持ち悪い。
「げ」
「総司、おめぇ・・師範の時にゃあ、普段とぜんぜん違うだろーが。あれも一部の連中にゃあ、ウケてるみてーだぜ」
永倉は面白そうに続ける。
「いつも昼行燈なのに、剣を持ったらとたんに火の玉にって・・」
永倉が言い終わる前に、沖田がスクッと立ち上がった。
「オレぁ、もう部屋に戻ります」
「あー?なんでー」
原田が舌っ足らずな声を出す。
「隊士同士の斬り合いは、局中法度で禁じられてんで」
2
肉食系2人のブーイングを背に浴びながら、沖田は自室に戻って来た。
「・・ったく」
1人毒づく。
斎藤はおそらく朝まで付き合わされるのだろう。
「冗談じゃねーよ」
布団にくるまり無理に目をつむるが、イカって眠れない。
特段、言う必要も無いことだが沖田は童貞ではない。
永倉や原田は知らないが、江戸でも京でも井上と2人で廓ののれんをくぐったことがあった。
(素人娘には手を出さない。あとあとメンドーだから)
ガッついた方ではないが、まぁフツーなのだ。
ただ、新選組の面々と一緒の時にはソーユー気持ちにならない。
先輩連中に気を遣っているうちに、どうにもメンドくさくなる。
それに・・
労咳に罹(かか)っていることを自覚してから、廓に出入りしなくなった。
芸娘に死病を感染(うつ)したら、さすがに可哀想というものだ。
相手が誰でも、肌を合わせるつもりはもう無い。
もともと淡白なタチなので、それもさして苦にもならない。
色恋には無縁なタチだと達観している。
眠れなくなった沖田はムックリと起き上がる。
頭を掻いて舌打ちする。
「チッ」
すると、喉の奥からむせるように咳がこみあげた。
「ゴホッ・・ゴホゴホッ・・」
手の平で口を覆い、布団にくるまる。
しばらくむせた後でようやく咳がおさまった。
起き上がって、ゆっくりと手の甲で口元を拭う。
唾液の中に細い血の筋が混じっているのが、行燈の薄明かりでも見えた。
3
「沖田さんがホモ?」
薫が驚いた顔で、永倉に訊き返す。
八木邸屯所の中庭には、永倉と原田と薫と環がいる。
永倉の足元にはチョコンとパチが座っていた。
昼食を食べ終え、中庭で休憩時間を楽しんでいる。
「ぜってぇーそうだって。間違いねぇよ」
永倉が勝手なことを言っている。
「っていうか、"ほも"ってなんだよ?"ほも"って」
しゃがみこんで、パチの首を撫でている原田が顔を上げる。
「えーっと・・なんて言うんだろ?ここの言葉で」
薫が眉を寄せる。
「ホモってあんまり言わないよー。BLとかじゃない?やっぱり」
環が珍しく俗な知識を披露する。
「なんだよ、その"びーえる"ってなぁ?」
原田がノッソリ立ち上がった。
「だからその・・男性同士の・・」
環がモゴモゴと口籠る。
「それそれ!総司のやつぁ、そうとしか考えらんねーよ」
永倉の言葉に原田が続ける。
「1番サカってる年に女っ気ナシだぜー、ありえねーよー」
「はぁ・・」
沖田のホモ疑惑になんで自分たちが参加しているのか、薫と環は不思議だった。
「下ネタにも乗ってこねぇしよー、なーパチ」
原田がまたしゃがみこむ。
「おめぇらもそう思うだろ?」
永倉が強引に同意を求めてきた。
「まぁ・・沖田さん顔キレーだし、細マッチョって感じだし・・うーん、あるかも」
薫がテキトーに話を合わせると、また原田がツッコんでくる。
「なんだ、その"ほそまっちょ"ってなぁ?」
薫が答えようと顔を上げると、縁側にいつの間にか沖田が立っていた。
「お、お・・沖田さん?」
原田が慌てて立ち上がると、沖田の低い声が響いてくる。
「新八っつぁん、左之さん。どうですかい?ひさしぶりに真剣で稽古しませんか?」
肩に鞘を乗せて、顔は笑っているが目は笑っていない。
「なーんだよぉー、総司。おめぇいつからそこいたんだ?真剣なんて物騒じゃねーかよ」
原田がその場を取り繕うが、かぶせるように沖田の声が響いてくる。
「オレぁいま・・2対1でも、ぜってぇー負ける気しねぇです」