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第七話 永倉


 薫と環はずっと見張りを付けられたままの生活になった。


 アカギシンに屯所から連れられて、結局、沖田に見つかり連れ戻されたあの夜。

 薫と環は、土方から部屋で詰問を受けて答えに窮した。


 「おめぇたちを連れ去ったのは何者だ?」

 「分かりません」

 「おめぇたちの知り合いなんじゃねぇのか?」

 「初めて会いました」


 「そいつぁおかしな話だな。そいつの目的はどう考えてもおめぇら2人だ。不思議なことに誰も曲者の顔も姿も見ちゃいねぇ」

 見張りが全員気を失っていたのだ。


 「姿も見せず、物音も立てずに見張りを倒して、おめぇたちを連れ出すなんざ、タダモンじゃねぇだろう」


 この時代の銃は殺傷用であり、ショックガンのように怪我を負わせずに気を失わせるなどできない。

 まして銃声は大きく、サイレントガンのように無音で撃つことはできないのだ。


 「本当に分からないんです。元のところに戻してくれるって言ったから」

 環の声は震えていた。


 元のところに。

 元の時代に。

 しかし出口になるはずの鳥居の門は開かなかった。


 土方は不機嫌そうに眉をしかめる。

 (新選組の屯所にやすやすと侵入者が入って来れるってのは捨て置けねぇ)


 この娘達の身元を確かめるまでは、解放するわけにはいかないと土方は考えた。


 「まぬけな話だぜ。屯所じゃ姿を見たやつぁいなかったが、町じゃおめぇら3人の姿を見たやつがいた」

 逃亡中に姿を見られたのだ。


 「背のでけぇ若ぇ男らしいが、おめぇたちは背のでっけぇ一族か?」

 「江戸時代の人と平均身長が違うだけです」

 環が開き直って言い返すと、土方が鼻白む。

 「なんだ、そりゃ?」

 「・・なんでもないです」


 土方はそれ以上聞いて来なかった。

 細かいところに気をまわすくせに、妙なところはめんどうくさがりなのだ。




 あれっきりアカギシンは屯所に現れなかった。


 薫と環は行くところもなく、仕方なく新選組の屯所で日を過ごしている。

 一時見張りが増えたが、2人に逃げる様子が見られなったので、自然に数も減った。


 数日経過すると、薫と環のストレスはそれぞれ限界に来ていた。


 まず食事である。

 基本的に沖田の部下が運んで来るが、たまに沖田も顔を見せた。


 「あんたらのおかげで大目玉食らっちゃった。今度逃がしたらオレが粛清されちゃうかも」

 ぶつぶつ小言を言いながらも、ニコニコ笑って膳を運んで来る。


 その沖田には申し訳ないが、ほとんどオカズなしの米ばかりの食事で、薫は限界だった。


 環のストレスはもっと深い。


 屯所の生活があまりに非衛生的で、キレイ好きの環には到底我慢ならなかった。


 石鹸がない。

 ハブラシがない。

 隊士は爪楊枝や木の薄い板の先が細かくささくれた細工物で歯の清掃を行っている。


 ウォッシュレットがない。

 それ以前の超原始的な厠である。


 お風呂に入れないので頭がかゆくなってくる。


 この時代の洗髪は、桶に汲んだ水を使って灰汁や米ぬかなどで洗う。

 普通の家には風呂などなく、町には湯屋があるが湯を大量に使う洗髪は禁止されている。


 布団の隙間にノミを見た時、環は恐怖で悲鳴を上げてしまった。

 おかげで声に驚いた沖田が様子を見に来るはめになったが。


 「わたしもう、限界・・」

 環が力無い声でつぶやくと薫もうなずいた。

 「うん。いつまでここにいなきゃいけないんだろ」


 その時いきなり障子が開いた。

 立っていたのは、以前2人の部屋に入ってきた、新八と呼ばれていた男である。

 引き締まった顔立ちと筋肉質の背の高い男である。


 「よお、なに辛気臭い顔してんだ?若い娘が。いいもん買ってきたぞ、水あめ食うか?」

 手に下げた籠の中には、半透明の練が入ったお椀がいくつか入ってる。


 男は無造作に籠からお椀を出して2人に渡した。

 「ほら、食えよ」

 2人が木のしゃもじですくって食べると、ほのかな甘みが口に広がる。

 「おいしい」

 思わず口にすると、新八は顔をほころばせた。

 「そうか、そいつぁ良かったな」


 するとそこに沖田が入ってきた。

 「あれぇ、新八っつぁん。良いモン食べてるじゃありませんか」

 「なんだよ、総司。おめぇは甘いもんには鼻が利くな、ほらよ」

 沖田にも1つ手渡す。

 「えへへ、遠慮なく」


 4人で水あめを食べていると、薫と環のふてくされた気分も幾分晴れてきた。


 「新八っつぁん。この部屋に勝手に出入りすると、土方さんに怒られますぜ」

 水あめを口に含みながら沖田が言う。


 「なんだよ、総司。一日中こんな布団部屋に押し込められちゃ、気が変になるってもんだぜ。なぁ」

 薫と環は頷く。

 新八はニコニコしている。

 人の好さげな顔をしていて、薫と環はなんだか嬉しくなった。


 「この人は永倉新八さん」

 沖田が紹介すると、水あめを食べ終えた永倉が立ち上がる。


 「相棒連れて来るから、ちょっと待っててくれ」

 席を外した永倉が戻って来た時、足元には小さな子犬を連れていた。




 「可愛い!」

 薫と環は同時に叫んだ。


 「こいつはオレの相棒でパチっていうんだ」

 子犬は懐っこく、さかんに尻尾を振っている。

 豆柴に似た感じだが雑種だろう。


 「パチ?」

 「ああ、新八の八から取ってパチだ、なぁパチ公」

 「パチ公?」

 「おう。こいつ賢くてなー。オレが見廻りから帰ると、必ず門まで迎えに来てるんだ」

 「…忠犬パチ公…?」

 「オレが帰って来る時間が分かるんだなぁ」

 どこかであったような話である。


 パチは永倉が食べ終えた水あめのお椀を舐めている。

 無邪気な子犬の姿に癒されて、薫と環の顔は自然にほころんだ。


 「新八っつぁん。土方さん達が出張だからって、こんなとこで油売ってていんですかい?」

 水あめを食べ終えると沖田がケロリと言った。


 「なんだよ、おめぇに言われたかねぇよ。オレぁ今日は非番だ。おめぇこそ仕事はどうした」

 「オレぁやることやってるんで大丈夫ですよ」

 沖田が永倉をゆったりやり返していると、表門の方から突如大声が聞こえた。


 沖田と永倉は瞬時に立ち上がって、部屋から走り出している。


 部屋には、薫と環とパチが残された。

 


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