第六十八話 携帯
1
八木邸の屯所の庭で、シンと環は一緒に洗濯している。
最近は2人で洗濯するのが午後の日課になっている。
そこに、沖田と井上が連れだって現れた。
「精が出るねぇ」
沖田が声をかけると、シンと環が同時に顔を上げる。
「あ・・この間の」
環が井上を見て、言葉をもらす。
「おっす」
井上が環に声をかける。
「シン、おめぇ・・コレなんだか分かるか?」
沖田がストラップに人差し指を入れて、スマートフォンをシンの目の前にぶらさげる。
「あああー!!!」
突如、環が出した大声に沖田と井上とシンが固まった。
「な、なんだ・・どしたよ。いきなり大声出して」
沖田が環に向かって訊く。
「そ、それ・・それ・・・」
環がスマートフォンを指さす。
「わ、わたしのケータイ・・」
「けーたい?」
沖田と井上が同時に訊き返す。
「なんだよ、そいつぁ」
沖田がスマートフォンを横目で見る。
「な、なにって・・・ケータイ・・携帯電話」
環は上手いウソが思いつかない。
シンは黙って状況を見ている。
(どうせ・・ホントのこと言ったって、誰も信じやしねーしな)
冷めた顔のシンを、環が横目で見る。
(どうしよう・・)
2
「"けーたいでんわ"ってなんだよ」
沖田が訝しそうな表情をする。
「聞いたことねぇよ、んなもん」
「何に使うもんなんだ?」
井上が訊く。
環はウソが苦手だ。
上手い言葉が出てこない。
黙り込んでいる環を見て、シンが小さく息をつく。
「・・お守りですよ、それ」
シンの言葉に、沖田と井上が振り向く。
「・・"けーたいでんわ"って言ってたぞ」
井上がシンを見る。
「呼び方は色々ですが・・いざって時の神頼みですよ」
しばらく黙った後で、井上が口を開く。
「いったい、なにで出来てんだ?これ」
「・・あー・・ぎやまんと石・・」
シンが行き当たりバッタリで答える。
「ぎやまん?随分とお高けぇお守りだな」
井上が沖田の手からスマートフォンを取る。
少し眺めてから、環の前にスマートフォンを差し出す。
「あんたのもんだってんなら返すぜ・・ほらよ」
「あ・・ありがとうございます」
環は受け取って、しっかりと握り締めた。
「あの・・これ、どこにあったんですか?」
環が井上に訊く。
「麓の神社の鳥居の前」
井上の答えを聞いて、小さくつぶやいた。
「あそこで・・」
3
「あんた、あんなとこに何しに行ったんだ?」
井上が訊くと、環が慌てて答える。
「何・・って・・お、お参りです。神社に」
「あの神社は鬼が出るって噂で、誰も寄り付かねぇぞ」
井上の言葉にシンが反応した。
「鬼ですか?」
「ああ・・赤鬼が出るとか言ってなぁ。町のもんはだーれも寄りつかねぇ」
井上が低い声で言う。
「誰か見た人がいるんですかね、赤鬼を」
シンがさりげなく鬼に話題を向けると、井上と沖田が黙り込んだ。
「・・・」
(どうしたんだろ?)
急に黙り込んだ2人を、環は不思議そうに見ている。
すると、井上が口を開いた。
「オレぁ、もう行くぜ。こんなとこで油売ってるヒマねぇや」
「おー、行け、行け」
沖田がシッシッと手を振る。
「たまにマジメに働け、不良同心」
「うるせぇ」
そう言って井上は踵を返したが、行きかけた足を止めて振り返る。
「あんた・・名前はなんてんだい?」
環に向かって訊いて来る。
「あ・・た、環です」
「そっかぁ、環ちゃんか・・」
井上はマジマジと環の顔を覗き込むと、薄く笑って言った。
「また会おうぜ、環ちゃん」
言った瞬間、沖田に平手で頭をはたかれる。
「イテッ」
井上が沖田に振り向く。
「なにすんだ、総司」
「そりゃ、こっちのセリフだ。てめぇ、なにキメてんだ。手ぇ出すなっつったろ。早く行けよ」
沖田が低い声で言うと、ぶつぶつ言いながら井上が去る。
井上の後ろ姿を見送ると、沖田が頭を掻いて踵を返す。
「・・あー、オレももう、見廻りに行かねーと」
そう言って行きかけた沖田を、シンが後ろから呼び止めた。
「沖田さん、ちょっといいですか」