第六十六話 たくあん
1
「平助のやつ、そろそろ江戸に着く頃なんじゃねぇか?」
朝飯の膳に着いた土方が口を開く。
簡単な打ち合わせも兼ねて、朝飯は幹部が同じ部屋で食べている。
強制ではないのでメンバーはいつも同じだ。
ちなみに近藤は、屯所ではなく別宅住まいで朝飯も別である。
食事は賄い方がその都度、別宅に届ける。
「藤堂くん、江戸に着いたらすぐに便りを寄こすと思うわ」
山南がおっとり答える。
「・・・」(永倉)
「・・・」(原田)
「・・・」(斎藤)
「・・・」(沖田)
いつもは騒がしい朝飯の席だが、昨日今日は会話が少ない。
近藤は席にいないといえ、建白書の騒ぎが尾を引いている。
スッキリしない顔で、みな言葉少なに食事に没頭する。
土方は仕方なく息をつくと、自分もおひつから茶碗に白飯をよそって、黙々と食べ始めた。
賄いを手伝っている薫と環は、廊下から部屋の静けさを不思議そうに見ている。
(静かだね・・)
(なんかあったのかな?)
(わかんないけど・・)
2人は目で会話する。
ブリブリブリブリ・・・・
沈黙の中、咀嚼する音だけが響く。
ブリブリブリブリブリブリ・・・・・・・・
それは、土方がたくあんを噛みしめる音だった。
薫がつい見ていると、土方はたくあんと白飯をエンエンと交互に食べている。
「土方さんって、たくあん好きなんですねぇ」
つい薫が口に出す。
すると部屋にいる人間が一斉に薫を見た。
2
(え・・)
薫は驚いて目を開く。
環はバツが悪そうに横目で見ている。
「なんだ、たくあん食っちゃ悪ぃのか?」
土方が箸を降ろして、ムッスリと答える。
「いえ、悪くないです。ただ、ほかのおかずも食べた方が身体に良いんじゃないかなって・・・」
薫はしどろもどろになる。
沖田の方を見るが、知らぬ顔で味噌汁をすすっている。
助け舟を出してくれそうに無い。
「たしかに、土方副長は朝はいつもたくあんでばっかり召し上がってますものね」
山南がクスクス笑いながら話に入ってくれた。
「栄養偏っちゃいますよ。ね、環」
薫にフラれて、環が反射的に頷く。
「え?う、うん。そう・・ビタミンが不足すると脚気にかかりますから」
「出たっ・・びたみん」
沖田が突然、声を出した。
「なんだよ、びたみんって?」
永倉が訊く。
「さー?ここの食事はびたみん不足ならしいですよ」
沖田はあぐらをかいて上を向く。
「それって、昔の支那の名前じゃねぇか?」
斎藤が口を出す。
「・・明王朝のことかしら?違うわよ、食べ物じゃないじゃない」
山南も茶をすすりながら話に入る。
「なぁ、"かっけ"ってなんだ?」
原田が訊いてくる。
「あ、え~と・・江戸患いのことです」
環が言葉を選びながら説明する。
「ふん」
土方が鼻を鳴らす。
「食いたいもん食って何が悪い」
3
「あの・・好きなものを食べるのはぜんぜん良いんです。ただ栄養のバランスも考えて」
環が努めて明るく言う。
「ばらんす?」
沖田がお椀から顔を上げる。
「だ、だから・・肉とか魚とか野菜をまんべんなく食べた方が身体に良いです」
環はあたふたと続ける。
「へぇ・・じゃあ、土方さん。このらっきょ上げますぜ。食ってくだせぇ」
沖田がらっきょがのった小皿を、土方の膳の上に置く。
「じゃあ・・オレ、魚の尻尾上げますぜー」
斎藤が尻尾がのった皿を持ち上げる。
「じゃ、オレは頭(かしら)を。好物だけどしゃーねー」
原田も皿を差し出す。
「納豆食って健康になってくれや」
永倉は小鉢を差し出す。
「・・・」
腕組みをした土方が、無言で目の前の皿を眺める。
「これ・・全部、おめーらの嫌いなモンばっかじゃねぇか」
「組長方のご好意ですよ。みなさん、副長の身体を心配して下さってるんだわ」
山南がニコニコ笑って言った。
「だったら・・サンナンさん、あんたがコレ食えよ」
土方が尻尾がのった皿を山南の前に出す。
「あら、残念だわー。もうお腹がいっぱい」
ニッコリ笑って押し戻す。
「・・ったく、どいつもこいつも」
土方はイライラとつぶやくと、驚いたことにらっきょを手で掴み、パクリと食べた。
ゴクンと飲み込むと、今度は魚の尻尾をつまんで口に入れる。
次に魚の頭を箸でつまんで、口の中に放り込む。
最後に小鉢の納豆をグルグルかき混ぜ、一気に喉に流し込む。
「どーだ、これでいーんだろ」
土方が薫と環の方を見た。
「えらいなぁー、土方さん」
沖田がはやすと、永倉もちゃかす。
「よ、さすが。鬼の副長」
土方はゲップをする。
「うるせぇ、新八。てめぇは黙ってろよ。全部てめーのせいなんだからな」
「なんでだよー」
いつもの騒がしい朝飯が戻って来て、薫と環はホッと息をついた。