第六十五話 行方
1
薫はシンを探していた。
見ると屯所の縁側に座って、シンが洗濯物をたたんでいる。
感心するほどの几帳面さで、丁寧にたたむ。
「シン」
薫の声でシンが顔を上げた。
「薫?どうしたんだよ」
「いや、あの・・えらいね。着物たためるんだ」
「うん、覚えるとけっこうハマるよ。着物ってあいまいさが無くて良い」
シンの答えはワケが分からない。
「あたしがたたむよりか、全然キレイだな」
そう言って薫も縁側に座る。
「オレけっこう、シワとか気にするタチだからさ」
夏場の単衣は薄いので、丸洗いができる。
「あ、そう」
どうでもいいというように、素っ気なく薫がつぶやく。
「あのさぁ・・」
薫がためらいがちに訊く。
「シン・・以前、言ってたでしょ?」
「なにを?」
手を動かしながらシンが訊き返す。
「シンと同じ時代の人が、ここにタイムワープして来てるって」
薫の言葉にシンの手が止まる。
「その人まだいると思う?」
言いながら、薫はシンの顔を覗き込む。
シンは手を止めて黙ったが、小さい声でボソリと答える。
「多分・・もういないよ」
「どうして分かるの?」
「ワームループで時空を超える時、タイムワープした先での滞在が長期になることはないんだ。基本的には24時間。ただしアクシデントが起きた時のために、復路の座標は複数張っておく」
「アクシデント?」
「そう、鳥居の門が開く時間に戻ってこれなかった時のために、24時間毎にいくつかあらかじめ座標を作っておくんだ」
「じゃあ、つまり・・最初の帰る時間に間に合わなければ、次の日の同じ時間にまた鳥居の門が開くってこと?」
「そう」
薫が目を開く。
「そのチャンスは何回あるの?」
「そりゃあ・・行く前に何個作ったかによるさ。でも、せいぜい1週間だよ。それ以上になれば、自力での帰還は困難と判断される」
「じゃあ、その教授は・・」
「とっくに戻ってるね、事故が無ければだけど」
シンは表情を変えずに言った。
「どうしたんだよ、突然そんなこと訊いて」
シンが薫の顔を覗き込むと、薫は逆に顔を伏せる。
「環がね・・」
2
環が父親の好きな曲で泣き出したことを話すと、シンがふとつぶやいた。
「あいつ・・普段は強がってんのかな」
「うん・・お父さんやお母さんに逢いたいのを我慢してるんだなーって思った」
薫は何故か、シンがたたんだばかりの洗濯物をいじくって広げはじめる。
「お前は?大丈夫なのかよ、薫」
シンが訊いた。
「戻りたくないのか、平成に」
薫が顔を上げる。
「そりゃ・・戻りたいよ」
薫が弱々しく答える。
シンが待っていると、薫は続ける。
「・・ここはカレーライスも無いし、マックも無いし、暑くてもアイスも食べれないし・・コンビニなんか夢のまた夢だもん」
「・・お前はなんか・・まだまだ大丈夫みたいだな、薫」
シンが言った。
「あたしはいいんだ・・・でも環を元の時代に戻してあげたい」
薫が下を向く。
「なんとかなんないのかな・・」
庭先を見つめる。
「・・正直言うと、オレも自分に何が起きてるのか分からない。どうしたらいいのかも分からないんだ」
シンが淡々とした口調で続ける。
「でも、いずれ何か変化が訪れると思ってる。受け身な考えだけど・・ソレが起きるのを待つしかないのかもしれないって」
「ソレ?」
「うん・・オレたちがなんでこの時代に放り込まれたのかが、分かる何か」
シンが薫の目を覗き込む。
「それまで環、待てるかな・・」
薫がつぶやく。
「分からねーな。でも、オレたちがいるじゃんか。あいつと一緒に」
シンが珍しく笑顔を見せた。
薫はそれを見て、元気をもらったように立ち上がる。
「うん、そうだね」
軽く伸びをする。
「ありがと、シン。ごめんね、洗濯のジャマして」
薫は手を振って、炊事場の方に戻った。
シンの前には、薫がいじくって広げた洗濯物が散らかっている。
「ジャマっつーか・・イヤガラセじゃね?これ」
3
鳥居の周辺は人影も無く、鳥のさえずりと羽音だけが辺りに響いている。
井上は腕組みをしてポツンと立っていた。
「仕掛けは無さそうだなぁ・・」
鳥居を見上げる。
" 鳥居の門がいきなり真っ黒になって、そこから鬼が現れた "
異人を襲った連中の言葉を思い出す。
「ふん・・」
安斎の家の住人が寝静まり、見張りの弥彦がうたた寝した一瞬の隙をついて、あの異人は逃げ出した。
その後、杳として行方は知れない。
沖田に「この件は終わらせる」と言っておいて、井上の中では終わっていない。
その後も、異人について調べていた。
こんなところが、井上と沖田は似ている。
淡泊なのに頑固、面倒臭がりなのに世話焼き、グータラなのにストイック。
両極端な性質がないまぜになっていて、他人から理解されにくい。
だが今回は自分でも分からなかった。
なぜこうまでこだわってしまうのか。
安斎が亡くなったせいかもしれない。
安斎の人柄に甘えて、丸投げにしたことを悔やんでいるのだ。
井上は鳥居の柱の周りを回って見るが、これといって特徴もない普通の鳥居である。
ふと目を落とすと、鳥居の柱の根元にチカッと光るものがある。
身体を屈めて手を伸ばすと、草の中に小さな長方形の板のようなものが落ちていた。
拾い上げると、片面は薄いピンクで片面は真っ黒の薄い板である。
角に小さな穴が空いていて、通した紐に輪っか状の組紐が付いている。
その輪っかに指を通して目の前にぶら下げると、クルクル回転しながら光を弾いて輝く。
「なんだ、こりゃあ・・」
井上が初めて目にしたソレは、スマートフォンだった。