表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/122

第六十四話 手打ち


 会津候に「予の不明」と言われて、永倉は言葉を失っている。

 どうやら、会津候の方が役者が一枚上手らしい。


 「その方らの訴えはしかとうけたまわった。近藤には予からそれとなく言っておくゆえ、その方らもこたびのことはこの場限りにいたせ。予も口外はせぬ」

 会津候の静かな声が聞こえる。


 会津候の話し方は、心に沁みるような独特の響きがある。

 孝明天皇もこういうところで心を許したのかもしれない。


 (なんか・・不思議な殿様だなぁ)

 斎藤は頭を伏せながら思っていた。


 「われら殿に全幅の信頼を寄せております」

 永倉は毒気が抜けた声で言った。

 「こたびはお言葉に従い、これ限りといたします」


 (え?)

 原田と斎藤が、驚いて顔を上げる。

 (これで終わり?)

 永倉が戦意喪失するのを初めて見た。


 「うむ」

 会津候は満足気に頷くと、酒を用意させ3人に一献ずつ振舞ったのちに座を解いた。


 拍子抜けした感の3人が屯所への帰途に着いた頃、会津候が公用方に申し付ける。

 「新選組の屯所に使いを出せ。局長の近藤をすぐ参上させよ」

 「はっ」

 公用方は頷くと、すぐ立ち上がる。




 「いんすか?新八っつぁん、あれで・・」

 斎藤が歩きながら、両手を頭の後ろに組む。

 「しゃーねぇだろ、会津候にああ言われちゃ・・」

 永倉がボソリと答える。

 「容保候にいいようにやられちまったなぁ」

 原田は言葉の割にサッパリした口調だ。


 3人でテクテクと歩いていると、まもなく屯所の門が見えてきた。

 門の前で島田が立っている。


 「おーう、新八」

 島田は身体も声もデカイ。

 「おう、力さん。帰ぇったぜー」

 永倉が手を振る。


 "力さん"というのは、巨漢で力持ちの島田のあだ名である。

 島田と永倉は古い馴染みだ。


 「どうかいね、容保候にゃあ会えたんか?」

 島田の質問に原田が答える。

 「どうもこうも・・どうやら会津候が手打ちして終わらせるみてぇだなぁ、あーあ」

 「あ?」

 島田がポカンとする。


 「お殿様にゃあ、かなわねぇ」

 斎藤が笑いながら続ける。


 横をすり抜けて門に入る3人を、島田が慌てて追いかける。

 「お、おい。待たんかいね、葛山が騒ぎ出してえらいこっちゃね」


 「あ?」

 永倉が振り返る。

 「自分も会津候に会うっちゅうて・・もう顔真っ赤にして吠え出したもんやから。尾関が見張っとるがね」

 「げ・・」

 永倉が声を出す。


 「だーから言ったんすよ、オレぁ。葛山さん入れるとメンドくせぇって」

 斎藤が苦い顔で腕を組む。


 「力さん、アンタが口すべらしたんだからな。身体張ってあの土佐犬なんとかしろや」

 永倉が島田を指さす。


 「んーなことゆうたってもやなぁ・・」

 島田が眉間に皺を寄せると、ハスキー犬のようだ。


 「ああ、それと・・さっき黒谷から使いが来て、近藤さん呼ばれてったで」

 島田が声を低めて言った。




 事はいったん収まった。


 どうやらあの日のうちに会津候が近藤を呼び出し、隊士に対する行き過ぎた言動を改め、町民の感情にも配慮するよう注意したらしい。


 会津候の手打ちとなれば、どちらも大人しくするしか無いが、やはり禍根は残った。

 近藤がどこからか聞き出し、事の発端を知ったためである。

 

 「トシ・・オレぁ、飼い犬に咬まれたよ」

 部屋の中には近藤と土方の2人だけだ。

 「はぁ?飼い犬?」

 土方が呆れた声を出す。


 (・・ったく、そういう言い方するから噛みつかれんだよ。分かんねーのか!)

 心の中で悪態をつくが、表情は平静を装う。


 「近藤さん・・あいつらはアンタをどうこうしようなんて思っちゃねぇよ。ただ、昔に戻って欲しいだけさ」

 それは土方の気持ちだったかもしれない。


 「トシ、新選組の局長が田舎侍のままでいられるわけがなかろう」

 近藤が不満気に言い返す。

 「いーんだよ、田舎侍のままで。上品な上方の連中にゃあ出来ねぇことも出来るさ」

 土方がイライラと言うと、近藤が重ねるように言ってくる。

 「トシ・・オレぁおそらく大名にもなる男だよ。実際、今すでにそうなりつつある」


 近藤の壮大なカンチガイを聞いて、土方は言葉を失う。

 「え・・あ?」

 失語症のように言葉のきれはしだけが口からもれる。


 「あ・・ああ、まぁ・・なんだ。男に生まれたからにゃあ、立身出世の夢ぁ見るもんだが・・」

 「夢じゃねぇよ、トシ。今に分かる」

 そう言って立ち上がると、部屋から出て行った。


 (ありゃ、建白書じゃムリだろ・・どっか良い神社で祓ってもわらねぇと)

 土方は有名神社の名を順番に思い起こしていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ