第六十三話 黒谷
1
永倉と原田と斎藤が、代表で黒谷の会津本陣に出向いた。
隊服を着た3人がテクテクと歩いている。
天気も良くて、のどかな田舎道である。
「新八っつぁん、なんで葛山さんに声かけたんすか?あの人、めんどくせぇ」
斎藤が歩きながら話し始める。
「ああ・・しゃーねーんだよ。島田が口滑らせちまってな」
永倉が答える。
「オレもあいつぁ、暑苦しくて苦手だが・・しょうがねぇだろ」
「しっぽ踏まれた土佐犬みてぇなやつだからな。会津候の前で騒がれちゃ面倒だから、置いて来たんだよ」
原田が続ける。
葛山だけ置いてくると騒ぎ出すので、島田と尾関も屯所に残して来たのだ。
町を抜けると金戒光明寺の大門が見えてくる。
新選組はここから始まった。
江戸から京に上って嘆願書を出し「京都守護職預かり」をいただいた。
洛中警備の任を与えられ、ここの境内で武術の上覧試合を披露してから1年以上経つ。
この門の前に立つと、いつでも神妙な心持ちになる。
ここは特別な場所なのだ。
会津藩公用方に事情を説明し、京都守護職の松平容保候に拝謁を取り付けた。
一介の隊士風情が直訴するには雲の上の人物だが、会津候は目通りを承諾したらしい。
「さすがに緊張しますね」
斎藤がつぶやく。
松平容保候は義を尊ぶ人物で、裏心の無さが時の天子孝明天皇の信頼を篤いものにしていると専らの評判だった。
2
「おもてを上げよ」
平伏した頭をおそるおそる上げると、上座に京都守護職松平容保候が座している。
こんなに間近で拝謁するのは久方振りだ。
禁門の変の時は会津候が病に倒れていて、幕軍の指揮は徳川慶喜公が執っていた。
「永倉、原田、斎藤。その方ら、先の働きにはお上もいたく感心しておる」
涼やかな声が聞こえる。
松平容保候はまだ若く、細面で整った容貌の持ち主である。
「ははっ」
声をかけられ平伏する。
「こたびはいかに」
会津候に促されて、永倉がおそるおそるにじりよる。
「おそれながら、これを殿へ」
傍に控えた近習に手渡すと、恭しく会津候に差し上げる。
受け取った紙に一通り目を通すと、会津候は顔を上げた。
「永倉、そちたちは近藤を誅するつもりなのか」
「さようでござる」
永倉が答える。
「近藤はそちたちの仲間であろう」
「殿、近藤は確かにわれらの仲間です。しかしわれらを家来と呼び、まるで大名であるかのように振舞い、あまつさえ新選組を私的に使っている有様です。逆らう者は白刃を持ってひれ伏させています」
永倉の答えに、会津候はしばし考え込んでいた。
「では、脱退すると?新選組はもともと、そちたちが近藤とともに力を合わせて作り上げたのではないのか?」
会津候は淡々と訊いてくる。
「われらは尽忠報国の決意のもと、誠の旗印に集まった者です。初志を貫くことが誠であり、近藤の臣下となるのは己の誠を捨てることです」
永倉は意外にも、立派な弁舌をスラスラと続ける。
(新八っつぁん、そうとう練習したんだなぁー)
そばで聞いている斎藤が、違う意味で感心している。
会津候はしばらくして、パチリと扇子を手に置いた。
「なるほど・・・では、予の不明であるな」
「は?」
永倉は一瞬ポカンとする。
「新選組は京都守護職たる予の預かり。隊の統率が成されないのは、予の不明ということになろう」
会津候は生真面目な顔で言った。
永倉は言葉が出ない。
(あ、そう来るんだ?)
斎藤は、会津候の切り替えしを小気味良く聞いている。
3
「入りますよー、土方さん」
いつも通り、声をかけると同時に沖田が障子を開ける。
「総司・・入っていいと言うまで開けるんじゃねぇと、何度言ったら」
土方は毎度諦めずに注意するが、沖田はかまわず話してくる。
「新八っつぁんたちが、近藤局長を譴責するってなぁ知ってますかい?」
土方が息をつく。
「ああ・・さっき、サンナンさんから聞いた」
淡々とした土方を見て、沖田は拍子抜けする。
「組長3人伍長3人じゃあ、シャレにならねぇ」
「しょうがねぇだろ・・まぁ実際、近藤さんに対する不満が隊の中でくすぶってるのは確かだしな」
土方はあくまで淡々としている。
「あいつらは・・下の連中の気持ちを代弁したんだろうさ」
永倉たちは、自分たちが胸クソ悪くて爆発しただけだと思うのだが、沖田は黙っていた。
「・・大事にならなきゃいいんですがね」
「会津候がどうするのか・・それ次第だな。それでやつらの処分も決まる」
土方はあぐらを組む。
「近藤さんは、この事知ってるんですかい?」
沖田が訊いた。
「いや、知らねぇはずだ。サンナンさんにも口止めしておいた。あの人ぁ待ったがきかねぇ」
近藤を頭の悪い犬のように言うのを、沖田は黙って聞いている。
ひょっとして土方も、近藤に対して不満があるのか。
「オレぁ・・近藤さんが好きですよ」
沖田が言うと、土方がつぶやいた。
「オレもさ・・新八たちも同じだろうよ」