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第六十二話 糾弾


 「火事の火元は、会津藩と新選組が残党狩りで火をつけて回ったせいだと言ってる連中がいる」

 井上は茶をすすりながら言った。

 沖田は黙って聞いている。


 京の町を焼つくした大火事。

 会津藩と新選組が火元だと言われると、あながち違うとも言い切れない。


 長州兵が逃げる時に屋敷に火を放ったとしても、幕軍が建物に潜んだ残党をいぶり出すために火をつけたのだとしても、どちらか一方だけのせいではないのだ。


 勝敗はともかく、町を破壊した軍隊は加害者で巻き込まれた町民が被害者という図式にしかならない。

 命をかけて戦ったからといって、他人の命を奪った罪が免罪されるわけでもない。


 「近藤さんに言っといてくれ」

 井上が続ける。

 「しばらく島原で遊ぶのを控えた方がいい」


 火事の後から島原界隈の客足は途絶えている。

 そのことを心配してか、近藤はここのところ毎晩、隊士を連れて島原に繰り出している。


 「町民からいらねぇ反発を喰うぜ。あの人は新選組の頭なんだ」

 井上は昔から近藤を慕っている。


 「・・言ったところで」

 沖田が口を開く。

 「やめねぇさ、きっと」

 客足の途絶えた島原に行って金を落とすのは、近藤にとって「良いこと」なのだ。

 近藤はすべてにおいて言動がおおらかすぎる。


 「まぁ・・それとなく土方さんにでも言っとくぜ。ありがとよ」

 沖田が答えると、井上が薄く笑った。

 「土方さんかぁ・・苦手だね、あの御仁は」

 ニヤニヤしながら腕を組む。

 「あの旦那は食えねぇ」




 屯所から帰る井上を見送る沖田に、山南が話しかけてきた。


 「あら、あれ井上くんじゃない。来てたの?」

 屯所の門から見える井上の後ろ姿に目をやる。

 「ああ、フラッと寄ったみてぇです」

 沖田がサラリと答える。


 すると、山南が声を低くした。

 「沖田くん、ちょっと時間いいかしら」


 山南に促されて、部屋に入る。

 膝をつくと、すぐに山南が口を開く。

 「困ったことが起きたの」

 「なんですか?」

 「永倉くんと原田くんと斎藤くんが、近藤局長を糾弾するつもりらしいわ」

 「はぁ?」

 さすがに沖田も驚いた。


 「糾弾って・・いったい何を?」

 「どうやら・・会津候に建白書を出すらしいわ」

 意外に派手な話で、沖田は若干あっけに取られている。

 「はぁ・・・」


 「島田くんと尾関くん、それに葛山くんが署名するらしいのよ」

 組長3名と伍長3名とは大事である。


 「葛山くんが興奮状態で、さっき私に言いに来たわ」

 葛山武八郎は勇猛果敢この上無いが、血の気が多すぎて土方も山南も持て余し気味の男である。


 「困ったわねー・・全員が全員、ひとの言うこと聞く人達じゃないし・・」

 山南は溜息をつく。

 頬に手をあてる仕草がどうにもオバサンくさい。


 「オレ・・ちっと斎藤に聞いてみます」

 沖田がつぶやいた。




 「しょうがねんだよ」

 斎藤がムッツリと答える。


 昼飯を食べ終えて、斎藤は部屋で刀の手入れをしている。

 「新八っつぁんと左之さんが盛り上がっちまって・・もう止まらねぇよ」

 「おめぇもか?斎藤」

 「オレぁ・・しょうがねぇだろ」

 そう言って刀を鞘にしまう。


 沖田は事情が読めている。

 斎藤はおそらく、永倉と原田に付き合っている形だろう。


 「オレたちを家来って呼ぶ近藤さんはどうかしてると思うし・・下の連中もまぁ同じようなもんだ」

 斎藤は淡々と続ける。


 隊士たちが近藤に不満を募らせているのは、沖田も知っている。

 「・・処分されるぜ」

 沖田が珍しく真顔で言った。


 「・・まぁ、だろーな。なるようになるさ」

 斎藤の答えに、沖田が息をつく。

 山南の言う通り、言っても無駄なのである。


 「その建白書とやらは、もう会津中将に出したのか?」

 沖田が訊いた。

 「いや、まだだ。今日、黒谷に行くことになってる」

 そう言うと、斎藤は立ち上がった。


 「総司・・男ってなぁ、馬鹿なもんだぜ。しょうもねぇことかもしれねぇと思っても、命懸けられる」

 斎藤は刀を腰に指すと、部屋から出ていった。


 沖田は腕組みをしたまま座っていたが、小さく息をつく。

 「なるようになるかねぇ・・」

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