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第五十九話 過去


 久しぶりに笛を吹いたせいか、その夜、環は昔のことを思い出した。

 枕の下に隠している時計を握り締める。


 高校の入学祝いに、雨宮の父親からのプレゼントだった。

 (お父さんとお母さん、どうしてるかな)

 考えまいとしても、そのことが頭から離れない。


 16才の誕生日にあんなことを言わなければ、自分はタイムスリップなどしていなかったかもしれない。

 あの日、神社に行くこともなく、鳥居に近づくことも無かった。


 誕生日は必ず家族で過ごしている。

 食事の後に環がフルートを演奏するのが決まりだ。

 父の好きな「木蘭のナ○○」で最後を締めくくる。


 食事の後片付けを手伝っていた環が、つい口を滑らせてしまった。

 「お母さん。わたしの誕生日って・・誰が決めたの?」

 皿を拭いていた母の手が止まる。

 振り返った顔を見た時に、自分が母の中の何かを壊してしまったと思った。


 「環ちゃん」

 母は泣いてはいなかった。

 少し歪んでいたが、静かに笑って答えた。

 「あなたの誕生日はね、あなたを見つけた日よ。神社の境内で泣いているあなたを氏子さんが見つけたの」


 ずっと訊きたかったことをあっさり答えられて、環はなんだか悪いことしている気になる。

 だが、それでも口から出る言葉は違った。

 「・・それで?」

 「あなたは市の職員に保護されて、養護施設に預けられたの」

 母の言葉を環は黙って聞いている。

 「そこで、わたしたちはあなたと逢った」


 母は台所のテーブルの椅子に腰かけた。

 「あなたは本当に可愛くって・・わたしはもう一目で参ってしまったの」

 環は何も覚えていない。

 「わたし・・いくつだった?その時」

 「おそらく・・3才か4才になるところ」


 おそらく・・

 その言葉が環に事実を突きつける。

 自分は本当の年も分からないのだ。

 「そう・・ごめん、変なこと聞いて」


 環はごくなんでもなさそうな顔で訊いた。

 「その神社って、どこにあるの?」




 それから数日後、環は一人で神社に来た。

 参道を歩いてみるが、何も思い出せない。

 古い小さな神社には人影は無い。


 参道で立ち止まっていると、いま来た方に引っ張られる感じがする。

 振り向くと、さっき通った鳥居の門が深い闇に切り取られ、参道に生えている青草が鳥居に向かってそよいでいる。


 ありえない光景に驚いていると、環の身体はどんどん鳥居に引き込まれて行く。

 闇の中から強い引力が発生している。

 

 「うそ・・やだ・・いやだ・・やだぁぁぁ~」

 絶叫とともに、環の身体は鳥居の門にスルリと吸い込まれる。


 目覚めると、目の前に大きな朱塗りの鳥居があった。

 見たこともない山が目の前に広がる。


 途方に暮れていると、環の目の前で鳥居の門が闇色に変わった。

 また吸い込まれると思ったが、今度は引力を感じない。


 闇の中から徐々に人影が現れる。

 驚いている環の前で、鳥居の門から少女が現れた。

 それが薫だったのだ。


 もしも薫がいなかったら、自分はとっくに気が変になっていたかもしれない。

 今でもまだ、タイムスリップなど信じられないでいる。

 ひょっとして、長い夢を見ているのではないかと思う時がある。


 シンは、自分たちが意図的に江戸時代にタイムスリップされたと言っていた。

 そんなことがあるのだろうか?


 もしその理由が分かれば、元の時代に戻れるのだろうか。

 それとも逆に、二度と戻ることが出来なくなるのだろうか。


 その事を考えると眠れなくなる。




 次の日、山南はシンに屯所の大掃除を言いつけた。

 もはや姑の嫁いびりのようにコキ使っている状態である。


 「お願いね~」

 山南がニッコリほほえむと、シンは心底憎く思える。

 (ったく・・オッサン、たいがいにしろよな)


 掃除・洗濯・炊事の他に、薪割りやゴミ捨てなど溜まった仕事がシンに押し付けられる。

 もう一生分の家事をしたとシンは思っている。


 山南がシンに仕事を押し付けるのは、イヤガラセでもイジメでもない。

 ただ単に使いやすいからである。

 土方はデキル人間に仕事を割り振りするが、山南は使いやすい人間を使うタイプだ。


 黒谷にでかける近藤を見送る山南に、土方が声をかけてきた。

 「サンナンさん」

 「あら、土方副長。局長は今日もおでかけで、ご苦労様ですわね」

 山南の言葉には、幾分揶揄するような響きがある。

 「ふん」

 土方は興味無さ気だ。


 「サンナンさん。総司に娘っこの稽古を言いつけたらしいな」

 「いけませんでした?」

 「いや、ただ総司には向かんだろう。素人に稽古つけるなんざ」

 「そんなことありませんわ」

 山南がクスクス笑う。


 「サンナンさんが教えた方が、上達早ぇだろう」

 土方の言葉に山南は薄く笑う。

 山南は文武両道に秀でているが、隊の師範には名を連ねていない。


 「わたしは務まりませんわ」

 山南は以前、将軍警護で大坂滞在中、土方と2人で不逞浪士を斬り捕っている。

 その時に左腕を負傷し、その後も怪我をおして隊務をこなし後遺症を残すことになった。


 山南はゆっくり両腕を上げてみせる。

 すると左腕が、肩の辺りからもう上がらない。

 「分かりますでしょう」

 腕を降ろすと、山南は軽く会釈をして去った。


 土方はしばらくその場に立っていたが、踵を返して部屋に戻った。




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