第五十七話 部屋呑み
1
永倉と原田は部屋で杯を傾けている。
ほぼ毎晩のことだが、今日は斎藤も来ていた。
「シンとかいうガキの見張りはどうだ?」
原田が訊く。
「大人しいもんですよ。今夜は尾関に頼んできました」
斎藤も呑んでいる。
「・・新八っつぁんと左之さんと呑んでたら、朝んなる前にぶっ倒れちまうな」
「黙って呑め。ったく・・近藤さん、近頃ますます大名気取りじゃねぇか」
永倉が勢い良く杯を空ける。
近藤はこの頃3日に空けず、隊士たちを引き連れて黒谷の会津本陣に出向いている。
帰って来れば、家老と額を突き合わせて論議しただの、どこぞの家臣を論破しただの、本当かどうかも分からない自慢話を始める。
少しずつ隊士たちとの間に溝が出来ていることを、近藤自身は気付いていない。
もともと永倉も原田も、近藤の誠実な人柄を好いている。
嫌いな相手なら分かりやすくていいが、友情を感じている男への不満は複雑だ。
近藤は変わったのかもしれない。
単純でおだてに乗りやすいが、新選組の活躍が目立って来て周囲の態度も変わった。
それにつれて、近藤には傲慢な言動が目立って来たのだ。
永倉や原田は、以前の近藤に戻って欲しい。
池田屋事件の報奨金の割り振りでも不満の目が残っていた。
池田屋の現場でもっとも身体を張ったのは、最初に突入した4人と周囲を固めた奥沢や安藤や新田たちだった。
しかし報奨金としては、土方などの方が額が大きい。
土方は計画そのものを立てたのだから仕方がないが、近藤の報奨金は同じく突入したほかの3人よりもかなり高額だった。
近藤自身こういった不公平感を補うために、もらった報奨金を使って隊士たちを島原で労ったりしている。
もともと、永倉も原田もタテの意識はあまり無い。
主は自分の信念だけで、主従関係など新選組にはないと思っている。
新選組は、武士に憧れながら主君を持たない不思議な集団なのだ。
常に合理的な土方の言うことは聞くが、近藤の臣下として扱われるのは我慢がならない。
この話題になると、永倉も原田もむしゃくしゃしてさらに酒が進む。
2
「あ~・・島田さんも家来扱いされてボヤいてましたね」
斎藤はかなり酒が回っている。
永倉と原田の酒に付き合える人間はそういない。
「なんのための新選組だ?」
「ったく・・このままじゃ、そのうち近藤さんの足軽になっちまうぜ」
永倉と原田は水にように酒を呑み続ける。
「・・あの頃は良かったよな」
永倉がふと言った。
「試衛館にいた頃の近藤さんは、惚れ惚れするような男気だったぜ」
「・・ああ、そうだったな」
原田も頷く。
「へぇー」
斎藤は試衛館時代の近藤をあまり知らない。
試衛館出身の隊士たちは仲間意識が強く、ほとんど近藤の人柄に惹かれて集まった者たちだった。
斎藤は、当時の近藤を知りたいと思った。
「ふ~ん・・」
グイっと杯を呑みほす。
「オレぁ・・この際ハッキリ近藤さんに言うつもりだ」
永倉のつぶやきに原田が訊き返す。
「なにをだ?」
「オレたちゃ、家臣じゃねぇ。勘違いすんなってさ」
「ふん・・」
原田はゆったり杯を傾ける。
「いまの近藤さんに言っても、どうこうなるもんかね」
2人のやりとりを聞いていた斎藤が口をはさむ。
「だったら、もっと上に陳情するとか・・」
「ん?」
永倉と原田が同時に振りむく。
「だからぁ・・いっそ会津の殿様とか・・」
言いながらすでに、斎藤はまぶたが落ちている。
「・・寝落ちかよ」
原田がボソッと言った。
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翌朝起きると、永倉が言った。
「斎藤の言う通りだ」
「あ?・・なんのことっすか?」
斎藤はさっぱり分からない。
昨日の夜、呑みながら寝てしまい、永倉と原田の部屋で雑魚寝で朝を迎えた。
あくびをしながらあぐらをかいて、ボリボリと頭を掻く。
「ったく・・新八っつあんも左之さんバケモンだね。酒呑童子の申し子かよって」
斎藤は思いきり伸びをする。
「あ~・・ったまイテェ・・」
布団の上で頭を振る。
「だから部屋呑みすんのヤなんだよなぁ」
「あれっぽっちの酒で二日酔いかよ。締まらねぇなぁ」
すでに着替えの終わった原田が、腰に手をあてて斎藤を見下ろす。
「ほら、立てよ。朝飯の時間だぞ」
「喰えねぇし・・うぇ」
斎藤が頭をかかえて、また寝転がる。
「おう、斎藤。ゆうべは良い事言ってくれたぜ。会津の殿様になぁ」
永倉はやけにスッキリした顔をしている。
「オレも考えつかなかったぜ」
「・・・」
斎藤が目を開ける。
「新八っつぁん・・さっきから何言ってんすか?ワケわかんねぇ」
昨夜は、後半から記憶が無い。
「建白書だよ」
永倉の替わりに原田が答えた。
「はぁ?」
「会津中将に建白書を出してハッキリさせるんだよ」
「・・なにを?」
「オレたちゃ近藤さんの兵隊なんかじゃねぇってことをさ」
今度は永倉が答えた。
(だから、なんのこと?)
なんとはなしにヤバイと斎藤は思ったが、頭が痛くてそれ以上考えられなかった。