第五十五話 バラガキ
1
土方が自室で隊の編成を思案していると、隊士が土方宛ての文(ふみ)をもってきた。
見ると、島原の太夫である。
以前、相方になって床入りしたことがあった。
ざっと目を通すと「会えなくてさびしい」「いつでもいいので来てほしい」と言った女の恨み言である。
土方はこの手の手紙に慣れっこなので、なんとも感じない。
無愛想なのに、土方は色里の女からよくモテた。
甘い整った容姿のせいもあるが、それだけではない。
芸娘でも太夫になると、客の方が気に入られようと必死で機嫌を取る。
上客と思ってもらいたくて、お座敷で金をあるだけバラまく。
だが、床入りまで出来るのは限られた男たちだけだ。
勢いに乗っている新選組は、よく島原界隈で芸者を揚げて豪遊しているが、太夫と床入り出来るのはせいぜい幹部クラスである。
中でも近藤は良く女遊びをしていたが、土方は床入り部屋に行っても気が乗らなければそのまま帰るし、芸娘を空気にように無視して一人寝したりする。
機嫌取りする男たちに慣れている太夫にとって、土方のような男は新鮮に映るらしい。
手紙を文箱に入れたが、すでに文箱の蓋は閉まらない。
あちこちの芸娘からの手紙で、膨らんでいっぱいになっている。
一度見ればもう開くこともしないのだから捨てればいいと思うのだが、そこまで非情にもなれない。
おかしな男である。
このどこかアンバランスなところが、遊女たちを夢中にさせる。
扱いが難しいので、素人の町娘では手に余るだろう。
土方が女遊びをする時は決まっている。
喧嘩の後や斬り合いの後、流血沙汰で火照った身体を静める時だった。
2
土方は、そのまま畳の上に寝転んで目を瞑った。
この頃、昔のことが思い出される。
子供の頃は、毎日喧嘩に明け暮れて、生傷の絶えない少年時代だった。
勝つためには手段を選ばなかった。
そうして飽くことなく、ヒマさえあれば殴り合いの日々。
喧嘩の理由はなんでもいい。
目があった。
肩がぶつかった。
面構えが気に食わない。
なんでもありだ。
それが今は、斬り合いに変わった。
正真正銘、命懸けの喧嘩だ。
だが、自分はあの少年の頃から何一つ変わっていない。
バラガキトシのままだ。
身体の芯から、飢えるように戦いを欲している。
命のやりとりは、生きることそのものだ。
咬みつき、咬みつかれ、痛みがいつしか快感に変わる。
悲鳴を上げる骨と肉、流れる血、ギリギリの緊張感、そういったものにしか本当の興奮を感じない。
(オレはきっと、頭がイカレてるんだろう)
土方は自分をそう思っている。
だが、自分よりもイカれたやつらがいる。
戦は、イカれたやつがもっとイカれたやつを力で黙らせることだ。
3
「土方さん、入りますよ」
声と同時に、沖田が障子を開けて部屋に入って来た。
土方が薄目を開ける。
「もう入ってんじゃねぇか・・総司、何度言ったら分かる。こっちがいいと言うまで開けるんじゃねぇ」
「すいません」
いつものやり取りをしながら、沖田は勝手に土方のそばに膝をつく。
土方は息をついて起き上がる。
「どうした?」
「いやぁ、副長が部屋に籠ってなさると聞いて。ひょっとして、新作が聴けるかしらと思いましてね」
沖田は明るく答える。
土方の俳句作りをからかいに来たのだ。
「そんなヒマぁねぇよ、アレさ」
土方が顎をしゃくってみせる。
そこに隊の編成表の原案があった。
「ああ・・なんだ」
沖田ががっかりした顔をする。
身体を伸ばして、編成表を手に取る。
「ふぅん・・」
さして興味も無さそうに目を通す。
「大幅に人数が増えるからな」
土方が言うと同時に、沖田が文箱に手を伸ばす。
「あ、よせ。それはいかん」
土方が慌てて、沖田から文箱を取り上げる。
「すごい数の文(ふみ)ですねぇ」
沖田が感嘆の声を出す。
「鬼の副長は女殺しでも勇名ですな」
「よせやい」
土方がブスッとするが、沖田はクスクス笑っている。
「女から文なんて貰ったら、オレだったらコワくて逃げ出しますね」
沖田は膝を崩して、足を投げ出す。
「・・ったく、おめぇも変わってんな」
あぐらを組む沖田を見て、土方もあぐらをかく。
「今日はもうしまいか?」
「いや、朝の見廻りは終わったとこですが・・ちぃっと女から逃げて来ました」
「なんだぁ、そりゃ?」
土方が目を開く。
「サンナンさんから、薫ちゃんと環ちゃんに剣の稽古つけてくれって頼まれてんです」
「ああ?」
「面倒なんで、逃げて来ちまいました」
沖田はしれっと肩をすくめる。