表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/122

第五十四話 剣道


 次の日の朝、薫と環は腕が上がらなくなっていた。

 昨日の素振りで筋肉痛を起こしている。

 起き上がる時には背中まで痛い。


 「いたた・・」

 環は腕をさする。

 「・・今日も稽古あるのかなぁ・・」

 薫が小声でつぶやく。

 「多分・・これから毎日なんじゃない?」

 環が答えると、そのまま2人は沈黙してしまった。


 昨日あの後、沖田は戻らず、2人はそれでも黙って素振りを繰り返した。

 100回終えた頃には、肩と腕がガクガク震えた。

 その後も腕の痛みをこらえ、賄いやら洗濯やらの日課をこなしたのだ。

 夕飯の後に布団部屋に戻った時には、気絶するように寝入ってしまった。

 

 「なんか、剣道部にでも入ったみたい・・」

 薫がゲンナリと言う。

 なんでこの年になってから剣道なんか・・という気分である。


 薫の学校の剣道部は、ほとんど小学生の頃から習っている部員ばかりで、遅い生徒でも中学校で始めている。

 高校に入ってから、新しく剣道部に入る生徒はいなかった。


 ちなみに薫自身は、中学の時はソフトボール部の外野手だった。

 高校に入ってからは、アルバイト優先で部活はしていない。


 環は中学の時、吹奏楽部でフルートを吹いていた。

 やはり高校に入ってからは、勉強優先で部活はしていない。


 なんだかイヤな予感がした。

 沖田は元来飽きっぽいが、言いだしっぺが山南では言うことをきくしかない。

 これから毎日シゴかれるかと思うと、薫と環は立ち上がるのも億劫になる。




 この日も市中見廻りから戻った沖田に呼ばれ、土間で竹刀を握るハメになった。


 薫と環のたどたどしい素振りを視て、沖田がボソリと言った。

 「・・斜めになってんな」

 薫と環がおそるおそる動作を止めた。


 「おめぇら、どっちも竹刀が真っ直ぐ振られてねぇ」

 沖田は言葉が少ないので、分かりずらい。

 薫と環は、困ったように顔を見合わす。


 「右手に余計な力入れるからそうなるんだ」

 言いながら沖田が、薫と環の間に立って竹刀を構えた。

 ヒュン

 空気が切られる。


 「ほら、やってみな」

 沖田の動作を真似て振りかぶるが、薫と環が振り上げた時、すでに竹刀は頭上で左によれている。

 振り下ろす時、無理に軌道修正するので斜めになる。

 「・・・」

 薫も環も、自分たちの振りがなぜ真っ直ぐにならないのか分からない。


 「もう時間だ」

 沖田が竹刀を肩に乗せて振り向く。

 「右手使わず左手で素振りやってみろ。200やったら終わりだ」

 「にひゃ・・」

 薫と環の顔が歪む。


 沖田はそれだけ言って、さっさといなくなってしまった。

 正味10分の撃剣師範である。


 「時間って・・昼寝の時間かな」

 「さぁ・・」


 それでも、沖田がいなくなると気楽になる。

 2人は諦めたように素振りを再開した。 




 左手だけの素振りはさらにキツイ。

 腕の血管が、段々に浮き上がってくる。


 「い~た・・い」

 薫が竹刀を降ろした。


 環は先に止めてしまって、土間にしゃがみこんでいる。

 何回素振りしたのかも覚えていない。

 「もう腕、上がんないよぉ~」

 環が顔を地面に向けて、うめき声を上げる。


 薫は腰に片手をあて、もう一方の手で竹刀を杖のようにつく。

 息をついてから顔を上げると、土間の入口にシンが立っていた。

 しばらく前からそこに居たように、腕組みして頭を入口の柱にもたせている。


 「シン・・」

 薫の声で、環も顔を上げる。

 「よ、ガンバってんじゃん」

 シンが薄笑いを浮かべて歩いてくる。

 薫と環は眉をひそめた。


 「なんなのよ、いつからそこにいたの」

 「見物してたってわけ?・・アクシュミ・・」

 薫と環が不機嫌な声を出す。

 「ああ、悪かったよ。邪魔しちゃ悪いと思ってさ」 

 「ふん」  

 2人は何故か、シンには強気だ。


 「あのさぁ」

 中に入ってきたシンが、2人に声をかける。

 「壁のなるべくそばに立って、2人で向かい合わせで素振りするとフォームのチェックがしやすくなるよ」

 薫と環が驚いてシンを見る。

 「なによ、ひょっとして剣道の経験あるの?」

 環が立ち上がる。


 シンは曖昧な表情をした。

 「・・オレ、洗濯もん残ってっから行くわ」

 質問に答えず、それだけ言ってシンは土間からいなくなる。


 薫と環はしばらく黙っていたが、先に薫が口を開く。

 「やろっか」

 「うん」

 環も頷く。

 

 壁に沿って向かい合わせで立って、2人で素振りを再開した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ