第五十話 星灯り
1
その日、夕飯を食べ終わり各自の部屋に戻った頃、井上大助が屯所に現れた。
「総司、大助が来てるぞ」
井上源三郎が、沖田を部屋まで呼びに来た。
沖田が行くと、玄関先に井上大助が腕組みをして立っている。
「よぉ」
井上が声をかけると、沖田がすぐに訊く。
「どうしたんでぇ、こんな時間にわざわざ」
「いや・・昼間あんまり話が出来なかったからな」
沖田は黙った。
「ちょっと、出られるか?」
井上が親指を立てる。
麦湯(麦茶)や甘酒を売っている屋台が並んだ通りに出る。
平成でいうと、自動販売機のコーナーのようなものだろう。
屋台の前にある石の上に腰をかけて、井上は麦湯をすする。
「あの異人のことさ。総司、おめぇ、気にしてるみてぇだな」
沖田も麦湯をすする。
「そりゃあ・・身元不明の異人だぜ」
「だよなぁ」
井上は淡々としている。
「まぁ、あの後、オレも何度か様子を見に行ったんだ」
少し置いてから、井上が話し出す。
「先生が言った通り、命に別状は無かった。次の日にゃあ、起き上がってたぜ」
沖田は、額から血を流している異人の姿を思い出す。
「あれを見たら、町の連中が鬼だと言ったのも分かる気がしたぜ」
井上は思い出すような顔で話を続ける。
沖田は意識が無い姿しか見ていないが、あの金色の瞳は確かに異形だった。
「あいつ・・何を訊いても答えねぇ」
井上がポツリと言った。
「そりゃ、言葉が分からねぇからだろう」
沖田が言う。
「オレも最初はそう思ったんだが、違う。やつはオレの言ってることは分かってやがった。わざと言葉が分からねぇフリしてやがったのさ」
「なんで、そんなこと」
沖田が訊くと、井上が軽く首を振る。
「あれぁ、おそらく異人じゃねぇ」
2
「どういうこった?」
沖田が訊くと、井上が低い声で答える。
「言葉通りさ、やつぁ異人じゃねぇ」
沖田は混乱している。
赤い髪と白い肌、巨体と金の瞳。
異人じゃなければなんだと言うのだ。
「鬼さ」
井上が薄笑いを浮かべて答える。
「はぁ?」
沖田はオカルトネタに全く興味が無い。
「・・大助、おめぇ。ヤキが回ったな」
「まぁ、聞けよ。鬼ってぇのは、オレたちと違う異形のこった」
井上が答える。
「昔から、漂着した異人ってぇのはいたのさ。海から流されてきて、帰る足も無くなってやむなく土着する。姿形が違うため、忌み嫌われ山に籠る」
井上は続ける。
「女が欲しくなる時もあるから、里に出て娘をさらう。そうして鬼と呼ばれるようになる」
沖田は黙って聞いている。
「そういう異形の一族ってぇのは確かにあるのさ」
「・・じゃあ、あの異人がそれだってのか?」
沖田が訊いた。
「居留地見廻役に問い合わせたが、失踪した外国人はいねぇ。不法入国者もここのところ摘発されてねぇ」
井上が答える。
「あいつぁ、それこそ。どこの誰とも知れねぇ、異人なのさ」
「・・って言っても。安斎先生の話じゃ、傷が回復したら、いつの間にかいなくなってったって言うからな。今さら、もうどうでもいいこった」
井上は軽く肩をすくめる。
「やつを襲ったチンピラ連中には口止めしておいた。この件はこれで終わらせる。ほじくり返したところでなんも出てこねぇよ。おめぇも、そんなヒマじゃねぇだろう」
沖田は何も答えない。
3
帰る時、沖田が訊いた。
「あの先生、子供がいたろう。無事なのか?」
「・・分からねぇ。オレも、火事の後、様子見に行ったがな。家はもぬけの殻だった」
井上は曖昧な表情をする。
「まぁ・・戦が始まる前に疎開したのかもな」
希望的観測だ。
あの火事で行方不明になった人間は、京ではわんさかいる。
一人一人を探す機関もない。
井上は息をつく。
「そういえば・・総司。おめぇ、身体は大丈夫なのか?」
井上がふと訊いた。
「いきなりなんだよ?」
沖田が訊き返す。
「いや・・安斎先生が、おめぇは病を患っているようだと言っていた。あんまり無理させんなって」
「・・おせっかいめ」
沖田が小声でつぶやく。
「ムリすんなよ、っつってもムダか・・・」
そう言うと、井上は手を振って、踵を返した。
「じゃあな」
沖田も井上と別れて、屯所への道を歩き出す。
もう日は暮れて、星灯りしか無い帰り道である。
途中で立ち止まり、腕を組んで夜空を見上げた。
迷いなく人を斬っているが、死を悼む気持ちが湧く時がある。
そんな時は星をみる。
(オレぁ死んだら、ぜってぇ極楽にゃあ行けねぇな)