第四十九話 昼下がり
1
沖田が遅い昼飯をモソモソ食べていると、山南が部屋に入ってきた。
「あら、沖田くん。今頃、お昼?」
沖田が箸を止めて、顔を上げる。
「ああ、サンナンさん。ちっと野暮用で」
「あらま・・沖田くんが野暮用なんて」
山南の声が少し低くなる。
「ひょっとしてカノジョでも出来たのかしら」
「やめてくだせぇ。田舎侍を相手にする京娘なんかいませんよ」
沖田がゲンナリした顔で答える。
「そんなことないわよ。沖田くんモテるわよぉー、その気になれば」
山南が沖田のそばに座る。
「いらねぇですよ。どのみち女にゃ縁がねぇ」
「そんなひからびたこと言っちゃって」
「・・サンナンさん」
味噌汁をすすりながら沖田が言った。
「なぁに?」
「異人・・見たことありますか?」
「異人?あるわよ。山下の居留地の辺りが物騒になって、一時、呼ばれたことがあるじゃない」
横浜村の居留地で、攘夷浪士による襲撃事件が立て続けに起きたことがあった。
「どんな感じですかね、異人ってなぁ」
沖田が訊いた。
「そうねぇ。まぁ、やっぱり全然違うわよね。髪の色もみんな違うし、目の色だって。それになんてったってデカイわ」
「・・・・」
「異人がどうかしたの?」
山南が不思議そうに訊く。
沖田が何かに興味を示すことが珍しい。
「いや・・京の町じゃあ、全く見ませんね」
「そりゃあ、天皇様が大の夷狄嫌いだし。攘夷志士がウロついてて、観光したくても危なくて出来ないわよ。幕府の要人以外は来ないわ」
「・・ですね」
沖田は箸を置いた。
「ごっつぉーさん」
2
部屋に戻った山南は考え込んでいる。
畳の上には、薫と環の制服、シンのショックガンと腕時計が並べてある。
薫と環の制服は、面倒になった土方が山南に押し付けたものだ。
ショックガンと時計は、山南がシンから「念のため」と言って預かった。
シンはこれを「おもちゃの鉄砲」と言ったが、山南はそう思っていない。
おもちゃは、元の形に似せて作るものである。
これは模倣性がなさ過ぎる。
レプリカではない、オリジナルの作りである。
腕時計は蓋がカッチリと閉まって、中は見えない。
山南は試しにショックガンを構えてみるが、トリガーがびくとも動かない。
「・・・」
(やっぱりおもちゃなのかしら)
山南はショックガンを畳の上に戻す。
シンがあっさりショックガンを山南に渡したのは、セーフティーロックされているからだ。
ロック解除するには、トリガー部分にある生体認証をクリアしなくてはいけない。
このショックガンに登録されている生体認証者は、シンと赤城教授の2人だけだ。
他の者が手にしても、安全装置を解除しなければ撃つことはできない。
腕時計も、蓋の部分にある指紋認証をクリアしなくては開くことができない。
時計にはICチップが埋め込まれ、ワームループの座標計算式が記録されている。
認証登録者以外の人間にとっては、ショックガンも腕時計も無用の長物だ。
山南は小さく溜息をついて、薫と環の制服をチラリと見た。
こっちは正真正銘、無用の長物である。
3
昼飯の後、土方は部屋で一人思案している。
禁門の変の戦の最中に脱走した隊士や、野戦続きで病気になった隊士、ケガを負った隊士の欠員補充のことである。
禁門の変の戦功で、新選組には人件費の名目で幕府からご下賜があった。
長州戦に備えて、隊士の数を増やせということである。
新入隊士の募集をどうするか。
土方は、京ではなく江戸で新規隊士を募ることを考えている。
京は町民に幕府嫌いが多く、討幕派の長州藩に比較的同情的である。
徳川のお膝元である江戸の方が、当然、親幕派が多い。
だが、京からわざわざ東下して、江戸の道場を回って剣客を探すのは骨が折れる。
できれば先に当たりをつけておきたい。
やみくもに募集して回るよりは効率が良い。
一つ目に、思想にかぶれていない。
二つ目に、討幕派道場の出でない。
これが最低限の条件だが、さらに腕が立って命知らずの猛者となると難しい。
容易には見つからないだろう。
あぐらをかいて、腕組みをしながら土方はつぶやく。
「さて・・どうすっかなぁ」
土方という男、いつでも考えるのは新選組の強化と名を上げることばかりである。
脳内メーカーだったら「新、選、組」の3文字で、頭が埋めつくされてるかもしれない。