表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/122

第四十七話 安斎 


 しばらくして、弥彦が萌黄色の甚兵衛姿の男を連れて戻って来た。


 「先生、はよう」

 弥彦が声をかける。

 「やれやれ。いったい、なんなんだ」


 弥彦が連れて来たのは、診療所の勤務医の安斎である。

 以前、井上が捕り物で怪我を負った時に手当をしてもらって、その後もなにかと世話になっている。


 「先生、こっちだ」

 井上が手を上げると安斎が気付いた。

 「井上くんが」

 安斎の言葉には、不釣り合いな東国訛りがあった。


 「すまねぇな、いきなり呼びつけちまって」

 「いや、いつものこったげど。なにした?」

 「これを診てくれ」

 井上の目線の先にあるものを見て、安斎は目を見開く。


 「こりゃ・・夷人(いじん)でねが」

 「鬼だよ、鬼。なぁ、先生。どうだ、助かるか」

 安斎はすぐに膝をつくと、首や手首の脈を取り始めた。

 弱いが脈はある。


 「おい、あんだ。聞げるが?」

 夷人の耳元で安斎が声をかけるが、反応が無い。


 「危ねな・・すぐ手当しねど」

 夷人の額の傷を見た。


 「先生の家はこっから近ぇ。運んでもいいか?」

 井上の問いに安斎が顔を上げる。

 「わだしの家にが?」

 「ああ」


 安斎は少し考えていたが、目の前の夷人を見て心を決めたらしい。

 「わがった。すぐ連れでご」

 そう言うと立ち上がった。




 「弥彦、おめぇ、この鬼担げ」

 井上が弥彦に言うと、弥彦は驚いて口をパクパクさせる。


 「わ、わてがでっか?」

 「そうだ」

 弥彦は小柄だが、町でも指折りの力自慢である。

 米二俵を軽く担ぐ。


 「か、堪忍やで、旦那。鬼なんて担げへん」

 弥彦が断ると、井上が声を潜める。

 「ここでおめぇがやらねぇと、この鬼ぁ死んじまう。祟りはこえぇぞぉ」

 弥彦は目を見開いて、ガタガタと震えだした。

 単純で疑うことをしないので、井上の言うことをなんでも鵜呑みにする。


 結局、弥彦が夷人をおぶって、町外れの安斎の家に運ぶことになった。


 井上と沖田と安斎が3人がかりで、かがんだ弥彦の背中に夷人を乗せ、井上が羽織で夷人の頭をスッポリと隠した。


 先頭を歩く井上の後に、震えながら夷人を背負った弥彦が続く。

 両側に分かれて、沖田と安斎が続いた。


 「泣いてんじゃねぇよ」

 目からボロボロと涙を流している弥彦に、沖田が声をかける。

 「・・うっ・・ううう・・」

 「涙ってぇのは縁起が悪ぃもんだ。祟られるぜ」

 沖田の言葉で、弥彦のうめき声がピタリと止まる。

 (なんか、おもしれぇな)


 「あまり脅すもんでねぇよ。弥彦さんかわいそうだで」

 安斎が苦笑する。

 「お侍さま、井上さんと同じ廻り方ですか?」

 沖田に問いかけた安斎に、井上が答える。

 「違うよ、先生。新選組だよ、こいつは。沖田総司ってぇ、聞いたことあんだろう」


 「ほう・・」

 安斎が沖田の方を見る。

 京の町で鳴り響いた新選組の沖田総司が、意外にも優男なのに驚いているようだ。


 その時、沖田が咳き込んだ。




 ゴホゴホと咳き込む沖田に、井上と弥彦が立ち止まって振り向く。


 「おい、総司。大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だ。かまわねぇで行ってくれ。すぐ追っつく」

 咳き込みながら、沖田が答える。


 言われた井上と弥彦は、そのまま先に進んで行く。


 安斎は咳き込む沖田を立ち止まって見ている。

 「夏風邪でも引ぎました?」

 背中を丸める沖田に、安斎が声をかける。

 「・・ああ・・」


 「咳を抑える薬がありますから、煎じましょう」

 「いや・・必要無い。薬ならある」

 そう言って口元を拭う沖田の手の甲には、薄っすらと血の痕が残っている。


 「・・どうやら、あんた。胸を患ってるようだ。無理せんことだ」

 安斎は医者らしい落ち着いた口調で言った。


 沖田は何も答えなかった。

 もう、咳は止まっている。


 麓を抜けて町外れに入ると、長屋の一番手前にある安斎の家に着いた。


 井上と弥彦は先に着いて、板の間の上に夷人を寝かせている。


 「おう、総司。大丈夫か?」

 沖田が玄関から入ると、井上が振り返る。

 「ああ、なんともねぇ」

 沖田は寝ている夷人を見下ろす。


 安斎が箪笥の引き出しから真新しい布を持って来る。

 湯を沸かし、濡らした布で血を丁寧に拭き取り、酒で傷口を洗う。

 薬草を煎じた汁を布に付けて傷口を抑える。


 井上は立ち上がると、玄関先に立っている弥彦に低い声で耳打ちした。

 「夜までに、鬼退治した連中を探し出して番所の裏に連れて来い。鬼は死んだことにしろ」


 弥彦は顔を上げて頷くと、すぐに走り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ