第四十三話 角屋
1
その夜、大坂から戻った隊士たちはみなで角屋に繰り出した。
近藤のおごりで、恒例の慰労会である。
薫と環は、屯所警備の隊士と一緒に部屋に居残りだが、驚いたことに、シンの見張りと称して沖田と山崎も残った。
「山崎さん、アンタまで残る必要ねぇぞ」
沖田が言うと、山崎が肩をすくめる。
「オレぁ、女が苦手でね。生身の女よりからくり人形のが断然イケるね」
「アンタ、それ・・ちっとやべぇよ」
沖田が渋い顔をする。
沖田が屯所に残ったのは、体調のせいもあった。
日中は落ち着いているが、夕方になるとだるくなる。
部屋に戻ると、土方が置いて行った虚労散と、もう1つ別の薬袋がある。
以前、ひょんなことで知り合った医者がくれた漢方薬である。
咳止めと熱さましの効果があるようだった。
特に体調が悪い時には、飲むと少し楽になる。
袋を開けると、あと一包しか残っていない。
ゴロリと布団に横たわる。
見廻りの後、足を延ばして行ってみようかと考える。
あの医者の家は町はずれの麓近くだ。
おそらく火事には逢ってないはずだ。
「そういやぁ・・」
沖田がつぶやく。
「あの異人、助かったのかな」
布団の上に起き上がって、あぐらをかく。
(そのうち報告しなきゃなんねぇだろう)
2
火事の後、島原界隈の客足はパッタリ途絶えていた。
この夜の角屋は新選組の貸し切り状態である。
「ったく・・長州の連中にゃあ、あきれるぜ」
酒が入ると大声になる永倉が言う。
「勤王とか言いながら、天子様を拉致ろうなんざ、言ってることとやってることが違うだろーが」
「そうさなぁ」
原田が続ける。
「攘夷とか言ってるが、洋式銃使いまくりだしなぁ。なんなんだ、ありゃあ」
「勤王だ攘夷だは建前で、やっこさん。天子様の神輿をかついで、自分たちが天下取りてぇだけだろう」
近藤の言葉に、珍しく藤堂が口を挟む。
「天下取るなんて前時代の考え持っちゃねぇよ、連中。夷狄を追っ払うために、この国強くしてぇだけさ」
すると、その場にいた隊士の目が藤堂に集まった。
「いや、あの・・オレぁ、よう分からんですが」
藤堂が、しまったという顔をして口をつぐむ。
土方が口を開いた。
「そのへんでいいだろ。明日から市中見廻りに戻る。火事の後で様子も変わってるから、気を引き締めてかかれよ」
「うぃーっす」
「任せとけって」
みな座を解いて立ち上がり、ほかの隊士たちのところに移動した。
藤堂だけは座ったままで飲み続けた。
「平助、どうした。珍しく静かだな」
近藤が声をかける。
「いや、すいません。どうも、はすっぱな口きいちまって・・」
「なに、おめぇは物を知ってるだけさ。これからは、われら新選組も切ったはったばかりじゃなく、国事を語れるようにならんとな」
近藤の言葉に、今度は土方が異を唱える。
「国事を語るなんぞ、オレたちみてぇな喧嘩屋の持分じゃねぇ」
「何を言っとるか、トシ。これからは侍も国事を優先せねばならん」
土方はもう答えずに杯を傾けたが、藤堂が独り言のようにつぶやいた。
「国事ですかい・・」
3
この夜ひさしぶりに、薫と環は部屋でゆっくりした時間をすごした。
近藤の部隊が帰って来て、屯所も以前の状態に戻っている。
狭い布団部屋に並んで寝ているが、薫は寝つけなかった。
「環、もう寝た?」
「起きてるよ」
環も眠っていない。
「話してもいい?」
薫が訊くと環が目をつむったままで答える。
「うん」
「環のお父さんとお母さんのこと聞いてもいい?」
「え?」
環は驚いた。
「どんな感じなの?」
「うん・・まぁフツーじゃないかな」
「ふぅん・・いいね。フツーって」
薫がクスリとする。
「あたし、親いないんだ。施設で育ったの」
薫の言葉に環が驚く。
薫に親がいないことは気付いていたが、突然、口に出したことに驚いたのである。
環が黙っていると、薫は話し続ける。
「施設に来る前のことはあまり覚えていないんだけど・・あの火事ね、昔同じようなのを見た気がする」
「火事?」
環が訊き返すと薫がうなずく。
「うん、あんな風に町全部が火に包まれてたの」
そんな大火事があったのだろうか?
環は考え込んだ。
「じゃあ、ひょっとして薫のご両親も火事で・・」
「分かんない。もしかしたらテレビとかで見た記憶かもしれないし」
薫も、実体験なのかどうか自信はない。
「環・・元の時代に戻りたい?」
薫が訊くと、一瞬の間があったが環が答える。
「うん」
「そうだよね、ごめん。もう寝ようか。おやすみ」
「おやすみ」
だが、今度は環が寝付けなくなってしまった。