第四十二話 帰還
1
禁門の変に出陣してから、約1週間ぶりに近藤の部隊が屯所に戻って来た。
「近藤局長、おつかれさまですわ。みなさんも」
山南が先頭に立って出迎える。
「おお、サンナンさん。火事のあとで屯所も大変だったろう。留守の間難儀かけましたな」
「いいえ、なんでもありませんわ」
隊士たちは、湯あみもせず真夏に数日間動き回っていたので、全身から異臭がしている。
「よぉ、おつかれ」
沖田は進み出ると、斎藤に声をかける。
「おう、総司。やーっと帰ったぜぇ。やっとこ人間らしい生活に戻れらぁ」
答えた斎藤の隊服は、汚れと擦り切れでボロボロ、目の下には深いクマが出来ている。
「お食事の用意できてますよ」
山南が言うと、ちょうど薫と環が大量に握った握り飯を盆に載せて来た。
「みなさん、おかえりなさい」
お盆を置くと、隊士がいっせいに握り飯に殺到する。
「おう、薫、環!おめーら無事だったか!」
永倉が笑いながら2人に言った。
「永倉さん、おかえりなさい」
薫がホッとしたように言うと、環が永倉の腰の血の痕に目を止める。
「永倉さん、ここどうしたんですか?」
「ああ、鉄砲で撃たれてな。ま、かすり傷さ」
「あとでちゃんと手当しなくちゃ」
「ああ、頼まぁ」
豪快に笑って握り飯にかぶりつく。
(すごい匂い・・)
隊士たちの体臭がひどく、薫と環は鼻を押さえるのをこらえる。
「メシ食い終わったら、みんなで湯屋に行くぞ!」
近藤が大声で言うと、みんな喜んで声を上げる。
土方は山南から不在時の報告を聞いていた。
「安藤と新田が・・」
土方は一瞬黙ったが、すぐに顔を上げる。
「そうか・・サンナンさんがいてくれて良かった」
目に感謝の色が滲んでいるのを見て、山南は少し驚く。
「いいえ、なんでもありませんわ。みなさんこそ、本当におつかれさまでした」
2
「安藤と新田は、サンナンさんが引導渡したのか?」
湯船につかりながら、原田が沖田に訊いた。
「ええ」
「そっか・・だーから、オレぁ言ったんだ。むざむざ苦しめんじゃねぇって」
沖田は黙っている。
「近藤さんが止めてなかったら、とっくにオレがやってたぜ」
原田もしばらく黙ったが、ふと小さな声で言った。
「ま、でも・・サンナンさんの剣なら痛みも無かったろうさ」
「ええ・・」
そのまま2人はしばらく湯につかっていた。
藤堂が身体を流しながら隣りの山崎に話しかける。
「今日一日非番だっつーから、山崎さん。将棋指そうぜ」
「平助くん・・。まだ諦めてなかったの?33戦0勝じゃなかったっけ、今」
「オレぁ、なんでも勝つまでやめねーんだ」
「やれやれ・・疲れてんだけどなぁ、オレ」
山崎がゲンネリと肩をすくめる。
永倉は斎藤と一緒に湯船につかっていた。
「斎藤。今夜、夢屋に行こうぜ。女将が心配だしなぁ」
永倉が気持ち良さそうに目をつむったままで話しかけると、斎藤の目が泳ぐ。
「いやぁ・・あの店、燃えちまったんじゃねぇですか?」
「縁起でもねぇこと言うない!」
永倉が目をつむったままで言い返す。
「いや、燃えましたって。絶対」
斎藤は言い切ると湯船から上がろうとしたが、永倉が湯船の中で足を引っ掛ける。
斎藤がバランスを崩して湯船に倒れる。
「なにすんだよ、新八っつぁん!」
ゲホゲホと咳込みながら斉藤が言うと、永倉が斎藤の頭を抑え込んで湯船に潜らせる。
「ちょ・・ゲホゲホ!し、新八っつぁん、殺す気かよ・・ゲホゲホ!」
永倉と斎藤の遣り取りを、近くで身体を流している近藤が聞いている。
「あいつら何やってんだ。ほかの客に迷惑だろうが」
「ほっときゃいいさ」
土方は構わずに身体を流している。
「ひさしぶりで京に戻ったんだ。ハメも外してぇだろう」
「うむ。今夜はひさしぶりにみんなで角屋(すみや)に行くか、トシ」
「おお、いいな」
島原の界隈は火事の被害から免れていた。
新選組の隊士も、戦場を離れればふつうの男と変わらない。
3
「アカギシンだぁ?」
土方は眉を寄せる。
自分たちが留守の間、変な居候が増えているので不機嫌だ。
「ええ、薫ちゃんと環ちゃんの知り合い。で、身元は不明」
部屋には近藤と土方と山南がいる。
「ふん・・危険がねぇならわざわざ捕えておく必要ねぇだろう」
土方が不機嫌につぶやく。
「それが、所持品におかしなモノがあって・・」
「おかしなモノ?」
近藤が訊く。
「からくりの鉄砲。腕にも変なからくりをつけてたわ」
「からくりの鉄砲?」
「おもちゃだって言ってるけど、見たこと無いシロモノだわ。沖田くんは、以前に薫ちゃんと環ちゃんを屯所から連れ出したのもあの男だろうって」
山南の言葉に近藤と土方が一瞬無言になる。
新選組の屯所に侵入して、目撃者もいない中で見張りを気絶させ、2人を連れ出した男。
「うむ・・」
近藤が低い声でうなると、山南は続けて言った。
「どこから来たのか言わないし、あやふやなことが多いわ」
土方が口を開いた。
「・・捕えておいた方がいいか」
「ハッキリとした罪人じゃないから、監禁はできないわね」
「じゃあ、軟禁だな。ある程度自由にさせといて見張るしかねぇだろ」
「どうするんだ、トシ」
近藤が土方に訊く。
「組長の誰かと同じ部屋に入れとけ」
「誰かって・・?」
山南の問いに土方が答える。
「新八と左之の部屋がいいだろう」
この頃の新選組は、敵の急襲に備えて、ほとんどの隊士は大部屋で雑魚寝の状態、小部屋も1人で使っているのは病持ちの沖田くらいだ。
「永倉くんと原田くんは、いつも朝まで部屋で飲み較べよ」
山南が首を振ると、土方が面倒くさそうに言った。
「じゃあ、平助と斎藤の部屋だ。あの2人なら大丈夫だろう」
決まり、とばかりに立ち上がる。