第四十話 往生
1
シンは山南に所持品をあらためられた。
袖に入れていたのは、手ぬぐいと小銭が少々、あとはショックガンである。
「これは?」
山南がショックガンを手に取る。
初めての手触りと質感の銃を、マジマジと興味深げに見ている。
ショックガンは軽く、手の平に収まるほどのサイズで、乳白色の色味を帯びて光っている。
「・・鉄砲ですよ」
シンの答えに山南が目を見開く。
柱に背を持たれ片膝を立てて聞いていた沖田が顔を向ける。
「おもちゃのね」
シンが付け足すように軽く言った。
「おもちゃ?こんなおもちゃ、京でも江戸でも見たことないわね」
山南が疑わしい目を向けると、シンは顔色を変えず続ける。
「そいつはオレが自分で作ったんです。だからどこにも出回ってない」
「あなたが自分で?じゃああなた、からくり技師なの?」
「ええまぁ」
「ふぅん」
山南はしばらく黙っていたが、沖田に来るように目で合図した。
のっそり立ち上がった沖田は、山南の前に置かれたショックガンを見下ろす。
「随分小せぇ鉄砲だなぁ・・どら」
そう言って、ショックガンを手に持つ。
「軽っこいなぁ・・」
手の平で遊ばせる。
「こりゃ、確かに本物の鉄砲じゃねぇな・・」
沖田の言葉にシンは安堵した。
「ただし・・おもちゃにしちゃあ、出来が良すぎるな」
沖田がシンに鋭い目を向けた瞬間、部屋の障子が開いた。
2
開いた障子の向こうに薫が立っている。
「どうしたの?薫ちゃん」
山南が訊くと、薫は焦った様子で答えた。
「安藤さんと新田さんが・・」
山南はすぐに立ち上がった。
山南と沖田が、安藤と新田が寝ている部屋に行くと、中から環の声が聞こえる。
「しっかりしてください!」
安藤と新田は、ヒューヒューと荒い息をしながらうめいている。
山南は部屋に入ると枕元に座った。
「・・突然ひどく苦しみ出して・・」
環の目は赤くなっている。
「~~~」
安藤が何かを言っている。
山南は顔を近づけて、安藤の口元に耳をあてた。
「・・分かったわ」
小さく頷くと、廊下に立っている沖田に顔を向ける。
「沖田くん。環ちゃんと薫ちゃんを向こうの部屋に連れて行って」
沖田は部屋に入ると、枕元に座っている環の腕を取った。
「ほら、行くぜ」
「でも・・沖田さん」
「いいから立ちな」
沖田に強い声で促されて、ようやく立ち上がる。
そのまま部屋を出ると、沖田が環と薫の背中を押すようにして、2人を部屋から遠ざけた。
環と薫がシンのいる部屋で待っていると、しばらくしてから山南が戻った。
「サンナンさん・・」
「安藤くんと新田くんは往生したわ」
山南の言葉に、部屋の空気が止まった。
「火事のあとでお寺も忙しいみたいだけど、埋葬の許可はもらえたから」
環がよろよろと立ち上がる。
「環ちゃん、あなたよく頑張ってくれたわ。本当にありがとう」
そう言うと、山南は部屋から出て行った。
3
庭に沖田が立っている。
廊下を歩く山南の姿をみつけると声をかけた。
「サンナンさん」
沖田の声に振り向くと、山南も庭に降りて来る。
「安藤さんと新田さんに引導渡したんですか?」
沖田の言葉に山南はゆったり答えた。
「ええ、そうよ」
「・・サンナンさんの腕なら、痛みもなかったでしょう」
「・・もっと早くそうしてあげていれば良かったわ。そうすればあそこまで苦しまなくて済んだのに」
日差しは暑いが、気持ちの良い風が吹いている。
「左之さんが引導渡すって言ってるのを、近藤さんがずっと止めてましたからね」
沖田は空を見上げた。
「安藤さん、さっきサンナンさんになんて言ってたんですか?」
「さぁ・・ホントはよく聞き取れなかったの」
山南も空を見上げた。
「沖田くん・・わたしが死にきれない時は、あなたが介錯してね」
山南の言葉に沖田は驚いたように顔を向ける。
「サンナンさん・・」
「今から頼んでおくわ」
山南は冗談ともつかない顔で笑った。
「がってん」
沖田も小さく笑って答えた。