第四話 土方
1
「あの2人、絶対なにか隠してやがる」
土方が目をギラつかせる。
この男ほど外見と中身がかけ離れている人間はそういないだろう。
端正な容姿を持ちながら、極めて好戦的な性質で根っからの喧嘩好きだった。
部屋の中には近藤とサンナンと土方の3人が残っていた。
近藤勇(コンドウイサミ)は新選組の局長、山南敬助(ヤマナミケイスケ)は総長、土方歳三(ヒジカタトシゾウ)はさらに次の副長である。
山南をサンナンと呼んでいるのは、新しもの好きの山南が流行りの有識読みで呼ばせていたのが定着してしまったのだ。
新選組は、会津藩藩主で京都守護職の松平容保公のお預かりとして京の町の治安を行っている武装集団である。
現代でいうと特殊警察のような役回りだったと思われる。
この当時の京の町は、佐幕派と討幕派の争いが絶えず、不逞浪士の吹き溜まりとなっており、治安の悪化が著しかった。
おかげで新選組は幕末の徒花として活躍することになる。
「そうですねぇ、何か深いワケがありそうには見えたけど」
山南の言葉を拾って土方が曖昧そうに答える。
「まぁ討幕派の廻し者とは思わねぇが。目離しなんねぇ」
「うむ。まぁあの2人の娘はトシに任せらぁ。オレぁこれから会津藩の公用方んとこへ行かねばならん」
「連日お疲れさまですわ、近藤局長」
「いや、すまんなサンナンさん。隊のことはあんたに任せっぱなしで。トシ、山崎から監察方の報告は入ったか?」
「張り込みしてるが、なかなか尻尾を出さねぇらしい。まぁ長期戦になるだろうよ、あっちは」
「そうか・・」
近藤はいかつく眉をひそめた。
「長州の連中、何を企んでやがるのか」
2
「沖田です。入りますよ」
声と同時にスラリと障子が開く。
「総司、入っていいと言うまで開けるもんじゃねぇ」
「すみません。聞かれちゃ困る話でもなさってたんで?」
沖田はニヤニヤ笑っている。
「そんなんじゃねぇよ、入れ」
入るとすぐに、手に持っている畳んだ衣服を3人の前に投げ置いた。
「土方さんに言われて、あの2人の着物持ってきたんですよ。着替えんのかなりイヤがったらしい」
畳んだ衣服を土方がめくるように広げると、そこに2人分の女子高生の制服が並ぶ。
「こいつぁ珍妙だ」
「洋装だと思うけど、この腰巻みたいなのは丈が短かすぎるわねぇ」
「バテレンの襟巻に似てねぇか?」
3人が勝手に喋っているのを沖田が遮る。
「あの2人、女モンの着物の着方知らねぇらしいです。八木邸から女モンを借りて渡したら、むずかしくて着れないんで男物にしてくれと」
面白そうに続ける。
「隊士の稽古着渡したら着れたそうです。ナリがデカいんで男モンで丁度いいらしい。言葉に訛りもねぇし、いったいどっからわいて出たんだか」
言いながら沖田はクスクス笑っている。
土方は少しうんざりした。
ただでさえ、長州を中心とする討幕派の動きが不穏になって来ているところだ。
新選組そのものも、隊士の健康状態が芳しくないため戦力に事欠く状態である。
余計なことで人手を割かれるのは避けたかった。
「近藤さん。この着物、幕府の上の方で調べてもらっちゃどうだ。事情を伏せて」
「調べてもらうのに事情を伏せてってのはちぃと」
「骨董屋から手に入れたとか言っときゃいいさ。どのみちどこの馬の骨かも分からんような娘の話なんぞお偉方にはできゃしねぇよ」
「確かに。報告するのはあの2人が何者なのかもう少しハッキリしてからの方がいいかもしれませんわよ、近藤局長」
山南が土方に賛同したので、近藤は言う通りにすることにした。
3
この後すぐ近藤がでかけたので、座は自然に解かれ、土方は自分の部屋に戻った。
屯所内を見廻ろうと廊下に出ると、向こうの端で沖田が座ったままで寝ていた。
あの娘2人がいる部屋の前で、柱に背を持たれて片膝を立てた状態で熟睡している。
(なんだこいつぁ)
土方はむくむくと怒りが湧いてきた。
「おい、総司、起きろ!」
沖田は頭を上げて目を覚ました。
「ああ、土方さん、こりゃあどうも」
まったく悪びれていない。
「てめぇ、見張りの最中に寝くたれてんじゃねぇよ」
土方は喝を入れた。
「だって、娘の見張りなんて暇な仕事押し付けられちゃ、眠くもなりますって」
「このドアホウ。どんな仕事でも、手抜きするなんざ武士の風上に置けねえ。手打ちにされてぇか」
「たかが昼寝で手打ちなんて大袈裟すぎますよ。土方さんは何でも物騒な話にしたがるんで困ります」
「ふん。どうだ、変わった様子はあるか」
「知りませんよ。寝てましたんで」
土方はガックリしてその場を離れることにした。
それ以上、沖田と話す気はもう失せていた。
しかしそれでも沖田にたいして本気で腹を立てる気にならないのはいつものことである。
沖田の天真爛漫さを、土方は試衛館にいたころから好んでいた。