第三十九話 シン
1
「ひどいもんだな」
シンはつぶやきながら火事の爪痕が生々しい京の町を歩く。
まずは食料の確保が最優先である。
町を出て、付近の農家から食べ物を分けてもらうしかない。
小銭はまだ少し手元に残っている。
シンは歩き続けた。
2人組の侍とすれ違う。
幕軍の兵士が町を見回っているのだ。
(侍ってやつにも困ったもんだな)
シンはやりきれない気分になった。
(勝手に戦を起こして、結局、町民が犠牲になってるんだ)
シンの足取りは早まる。
南に下ると東塩小路村のあたりで人だかりがしている。
どうやら食料の配給に並んでいるらしい。
見ると、水色の隊服姿の男たちが町民に握り飯を配っている。
(あの色・・新選組か?)
立ち止まって見ていると、背の高いシンの姿に目を止めている者がいた。
視線を感じて見ると、稽古着姿の薫である。
「シン!」
薫の大声を聞いて、ケガ人の手当をしている環が顔を上げた。
2人はすぐに手を止めて、シンのそばに走り寄って来る。
「無事だったんだ!」
薫の言葉にシンが答える。
「そりゃ・・ずっと鳥居にいたから。火事には逢ってないよ」
「どこかに行くの?」
環が訊いた。
「さぁ。ここにいても食い物も無いし。いったん京から出ようと思って」
「でも、鳥居から離れたら・・」
「どのみち鳥居の近くにいたところで、このままじゃ元の時代に戻れそうにないし」
すると、後ろで声がした。
「元の時代?」
2
「お、沖田さん」
声を聞いて振り返ると沖田が立っている。
(沖田さんて、つくづく立ち聞き魔だよね)
薫は思った。
「いやあの!元の時代じゃなく、元いたところ・・です」
薫がごまかすと、沖田はさらに訊いてくる。
「あんたら、知り合い?」
シンは黙ったままだ。
「ええーと・・まぁ・・はぁ」
薫と環はうまく答えられない。
「あんた、名前は?」
沖田がシンに向かって訊く。
「・・アカギシン」
シンがあっさり答えると、沖田は言った。
「京の人間じゃねぇな、訛りがねぇ。どっから来たんだ?」
シンは黙っている。
沖田の目が鋭くなった。
「そっか、そういえば・・あんたらもどこのモンだか分かんないんだったなぁ」
沖田は薫と環を見て言った。
「なるほど・・お仲間ってわけか」
薫と環とシンは黙っていたが、それが答えになってしまった。
(こいつ・・以前、屯所に侵入したヤツか?)
薫と環が軟禁状態の時に、若い男が屯所から2人を連れ出したことがあった。
「どうも・・見逃すわけにゃあいかねぇ感じだなぁ」
薫と環が目を開く。
「アカギシンって言ったかい?屯所まで来てもらうぜ」
シンは沖田の言葉に答えず、黙ったままだ。
3
配給が終わって屯所に引き上げると、山南が帰っていた。
幕軍と打ち合わせするため、会津本陣にでかけていたのだ。
「おかえりなさい。おつかれさま」
山南は疲労を隠してにこやかな表情で声をかけてきた。
すると、見慣れない若い男の姿に目を止める。
「沖田くん、あれ誰なの?」
山南がシンを見ながら訊いてくる。
「ああ、あの娘たちのお仲間みたいですよ。以前に屯所に侵入したのも、多分あの男です」
沖田は周りに聞こえないよう小声で答える。
「なんですって?」
山南はシンを鋭い目で見た。
シンは興味無さげに立っている。
「ふぅん・・何者かしら」
山南と沖田は立ったままで話し続ける。
「さぁ・・まぁ長州軍じゃねぇのは確かだと思いますけど」
「そお?じゃ、火事の後始末が落ち着いたら、じっくり詮議しましょう」
「それまでオレが見張ってますよ」
沖田が珍しく見張り番を買って出た。
「大丈夫かしら」
「どういう意味です?」
「だって沖田くん、すぐに眠っちゃうし。飽きっぽいし」
沖田は苦笑いを浮かべた。
「大丈夫ですよ。あの男、存外大人しいんで」
「シン、大丈夫?」
環が心配そうに訊いた。
「なにが?」
シンは開き直っている。
(もうどうとでもなれって感じだ)
薫と環は心配気に顔を見合わせた。