第三十七話 天王山
1
薫が隊士たちと一緒に握り飯を配っている間、沖田は周辺を見廻っている。
薫と環は子供の数の多さに驚いた。
1家族に5人から、多いと10人もの子供がいる。
握り飯を手渡すと、配布されない大人が子供の手から取り上げたりするので、食べ終わるまで見ていることにした。
そうしていると、持ってきた握り飯を配り終わる頃には日が暮れかかっていた。
環はケガ人の手当に回っていたが、消毒用で持ってきた酒はもう無い。
「今日のところは店じまいかなぁ」
沖田がつぶやくと、見廻りに出ていた隊士が戻って来た。
「山野、どうだった?」
沖田が訊くと、山野は眉根を寄せた。
「避難した町民は、九条竹田の街道までエンエン続いてますよ」
「そっか・・」
沖田は手招きをして薫と環を呼んだ。
「今日はもうしまいだ。屯所に戻るぜ」
薫と環は、道端で座り込んでいる町の人を見た。
「また明日があるさ」
沖田が明るく言うと、2人は頷いて帰り支度を始める。
空を見ると煙が少なくなっている。
町の火は弱まっているようだ。
(そういえば・・アカギシンどうしてるかな)
薫はふと思った。
鳥居で分かれてから一度も会っていない。
2
翌日、天王山の周りはものものしい兵隊の数であふれていた。
天王山に登るのは、近藤と永倉と斎藤が率いる隊士20名。
下通りを固めるのは、土方、原田、藤堂、井上、武田、山崎、島田が率いる隊士20名。
土方が決めた組割である。
どちらも会津藩兵とともに行動する。
天王山の麓から順に寺社に踏み入るが、長州兵の影は無い。
山の中腹にある宝寺にまで辿り着いた時、陣羽織を着た男が立っていた。
振り返る男の後ろに、鉄砲を構えた兵隊が20名ほど控えている。
男は落ち着いた声で名乗った。
「おう、遅かったのう。わしが長門宰相臣真木和泉じゃ」
そう言うなり手を上げると、後ろの鉄砲隊が一斉に発砲してきた。
隊士は地面に伏せたが、弾の1つが永倉の腰をかすめた。
「チッ」
永倉が腰に手を当てると、血が流れている。
「新八」
近藤の声に永倉が応える。
「大丈夫だ、浅ぇ。かすっただけさ」
硝煙が消えると、真木の姿は見えなくなっている。
すると、寺の裏手から爆音が響いた。
近藤たちが裏手に回ると、陣屋から火が昇っている。
「爆破しやがったのか・・」
見ると中に長州兵の姿があった。
どうやら火薬に火を点け、さらに互いに刺し違えたようだった。
「うう・・」
爆破して刺し違えてなお、死に切れない者が2名ほどいた。
近藤が、うめき声をあげている長州兵のそばに立つ。
「敵ながらあっぱれ。介錯」
言葉と同時に刀を振り下ろす。
もう1人を斎藤が斬った。
3
アカギシンは町に降りてみることにした。
持参した食料はもう無くなっている。
禁門の変の前に鳥居に来てから、ずっと町に降りていない。
一時は避難した町民が、鳥居の近くまで来ていたが、今はもう閑散としている。
どうやら、平地の避難場所にみな移動しているらしい。
いつもは人がいない鳥居の周辺で、避難している町の人を見ていると、つい傍観者の立場を忘れてしまいそうになる。
大火事が起きた夜、山に避難してきた人垣から泣いている子供の声が聞こえてきた。
「おなかすいたぁ」
「うるさいで、静かにさせへんかい」
怒鳴る男の声で、さらに子供が泣き叫ぶ。
シンは仕方なく立ち上がると、持っていた餅菓子を子供に手渡す。
「ほら、食べな」
すると、さっき怒鳴っていた男が近づいて来た。
「お、おい、にいさん。あんさん食いモン持ってんねや。分けたらんかいね」
「あんた大人だろ。我慢しろよ」
シンは見向きもしない。
すると、男が子供が持っている餅菓子に手を延ばす。
その瞬間、シンがショックガンを抜いて男の額に当てた。
「な、なんやこれ?」
「鉄砲だよ、見たことないのか。小さいが最新式だぜ」
江戸時代より250年先の銃である。
男はカタカタ震えている。
シンが銃を降ろすと、男は腰を抜かして逃げて行った。
結局、避難している子供たちに手持ちの餅菓子を全部渡していた。
日持ちする食料をわざわざ選んだが、菓子は1日で無くなった。