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第三十六話 どんどん焼け


 薫と環は炊事場で、漬物入りのおにぎりを握っている。

 まもなく昼九ツである。

 夏の暑い盛りで、手は真っ赤、額から汗が落ちてくる。


 そこにヒョイと沖田が現れた。

 「がんばってるねぇ」

 薫と環はビックリして、手の平のご飯粒をおひつに落としてしまった。


 「お、沖田さん。どうしたんですか?」

 環が言うと、沖田が炊事場に降りて来る。


 「ほかのみなさんは?」

 「オレだけお役ゴメンになっちまった」

 入口に腰を下ろす。


 「お役ゴメン?」

 薫がオウム返しに訊くと、また笑って答える。

 「うん、まぁ・・役に立たねぇからさ。ヒマ出されちまったってわけ」

 薫と環は言葉が出ない。


 そこに、沖田の帰還を知らされた山南が来た。

 「沖田くん、おかえりななさい。おつかれさまでした」

 「ああ、サンナンさん。ただいま帰りました」

 沖田が立ち上がる。


 「大変だったわね」

 「いや。屯所が無事だったんで、安心しました」

 沖田の言葉に山南はニッコリした。

 「まずは休んで腹ごしらえしてちょうだい」


 「すぐにお昼用意します」

 薫が言うと、山南と沖田は並んで廊下を歩いて行った。




 おにぎりと味噌汁を見ながら沖田が言う。

 「どうも・・めし食うのも、気ぃ引けるなぁ」


 「そんなにひどいの?町は」

 「ひどいなんてもんじゃねぇですよ。地獄の沙汰ってやつだ」

 沖田の言葉に、山南は黙り込んだ。

 「ここに来るまでも、市中のあちこちでケガ人や死人が転がってましたぜ」


 「近藤さんたちはどうしたの?」

 「伏見に向かってます。明日は天王山で残党狩りだ。オレぁ煙でむせちまうんで、帰されちまった」

 「・・そう」

 畳に目を落とす沖田の気持ちが、山南には良く分かる。


 「沖田くん、やることは沢山あるわよ。そんな様子じゃ困るわね」

 沖田が顔を上げる。

 「まずはちゃんと食べて」

 山南はニッコリ笑った。


 「戻ってすぐで悪いけど、薫ちゃんたちが食料を配る時の護衛をして欲しいのよ」

 「護衛ですか?がってん」

 そう言うと、沖田は握り飯にかぶりつく。

 

 食料不足が続けば、暴動が起きてくる可能性がある。

 早めに幕府に対策を講じてもらわなくては、戦に勝っても町民を敵に回すことになる。


 焼け出された町の人間には、近隣の農家に入って盗みを働く者も出てくるだろう。

 京の治安は悪化する一方と思われた。




 山南が思った通りだった。

 

 薫と環が九条方面に歩いていくと、すでに東塩小路村のあたりで焼け出された町の人が、道端に転がっている。


 (ここで握り飯なんか出したら、下手なことになりかねねぇな)

 沖田が思案する。

 隊士たちが風呂敷に包んで背負っている握り飯の数は全く足りていない。

 (どうしたもんか・・)

 

 すると、道端に座っていた男が立ち上がった。

 「お、おい。そらおむすびちゃうんか?」

 風呂敷の隙間から、おにぎりを包んだ笹の葉がはみ出ている。

 「くれや、くれや」


 すがりついてくる男を隊士が振り払う。

 「いかん。これは子供と母親に渡す分だ」

 振り払われても、男は手を風呂敷に延ばしてくる。

 「おまえらのせいで、こないな目ぇにあっとんのやでぇ!よう見ぃやぁ!」


 「チ」

 沖田は舌打ちした。

 「ったく・・」

 鞘から剣を抜く。


 「おっさん、あんたの言いたいこたぁ良く分かるが、今日は聞き分けてくれ」

 男は刀を見て、手を離す。


 「もうすぐ幕府から米の救済があるはずだ。それまで辛抱してくれねぇか」

 沖田は男に向けた刀を下す。

 「悪ぃが今日んとこは、子供と年寄り、ケガ人と病人だけだ」

 男は小声で何かつぶやきながら、離れて行った。


 ふぅーっと一息つくと、沖田が明るい声で言った。

 「ほらよ。薫ちゃん、環ちゃん。握り飯を配りな」

 薫と環が頷く。



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