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第三十四話 火炎


 彦斎の剣法はかなり独特だった。

 身体の重心をギリギリまで低く保ち、片手で抜刀する見たこともないスタイルだ。


 「どうもやりずれぇ」

 沖田の声が漏れる。

 自分より二回りも小さい彦斎が、さらに低い位置から斬りかかってくるので勝手が違う。


 「まぁいいや・・」

 相手が何者だろうが、敵であれば倒すだけである。


 沖田は剣を構えた。

 相手が小さい場合は、剣を振り上げるより、ふところに飛び込んで来るタイミングに突きを入れた方が良い。


 火の粉が飛び散り、さらに煙が増していく。

 炎の熱さと、目と喉の痛み、呼吸するたびに苦しくなる肺の腑。


 早めに勝負をつけたいが、彦斎はなかなか斬り込んで来ない。

 沖田が先に斬り込んでくるのを待っているようだ。


 「チッ」

 沖田が舌打ちする。

 「こうなりゃ、いくしかねぇな」

 剣を低く構えて斬り込む。


 その時、力を入れた沖田の身体に異変が起きた。

 突然むせて、咳き込んだ沖田の剣を彦斎が弾く。


 「総司!どうした」

 咳き込む沖田に斬りかかる彦斎の剣を、斎藤が受け止めた。

 「ヤロー・・てめぇの相手はオレだ」




 激しい斬り合いになった。

 少しずつ彦斎が後ずさる。


 その時、斎藤の耳にバキバキという音が聞こえた。

 そばの民家が燃え落ちて、大きな柱が倒れて来た。


 斉藤が火柱を交わすと、倒れた柱の向こう側から彦斎の声が聞こえる。

 「今日んとこはこんまでばい」

 そう言うと、クルリと向きを変えて走り去る。


 「待ちやがれ!」

 斎藤が叫ぶが、炎に遮られて追いかけられない。


 斎藤の後ろから沖田の声が聞こえた。

 「悪ぃなぁ、斎藤。オレのせいで取り逃がしちまった」

 着物の袖で口元を拭っている。


 「ったく、勝負の最中に咳き込みやがって」

 そう言うと、斎藤は沖田の口元に目を止めた。

 薄く口の端に血が付いている。

 「総司、おめぇ・・」

 沖田は黙っている。


 火柱はさらに燃え上がる。

 「ここはもう危ねぇ。近藤さんたちと合流しよう」

 沖田が咳をしながら言葉を出す。

 「蛤御門に・・」


 そう言いかけた沖田の言葉を斎藤が遮った。

 「総司、おめぇは壬生の屯所に戻れ」

 沖田が一瞬黙り込む。

 しかし、すぐに笑いながら踵を返した。

 「なんで?もう咳は止まったよ」

 



 その後も火の勢いは衰えず、夜になっても京の空は真っ赤だった。


 環は安藤と新田の部屋にいる。


 薫は炊事場で明日の準備をしていた。

 あるだけの米と薪をかき集める。


 焼け出された町の人を屯所内に受け入れることを提案したが、山南に禁じられた。

 取り締まり切れないためである。

 だが、食べ物を配ることは了解をもらえた。

 明日、日が昇ったらおにぎりと水を持ってでかけるつもりだった。


 監察の報告では、火事から逃げた町の人は、南側の九条竹田方面で野宿しているらしい。

 「がんばらなきゃ」

 知らず知らずに独り言が出てくる。

 正直、身体はもうフラフラだったが、弱音を吐いている場合ではない。


 薫はとりあえず、屯所の隊士の分のおにぎりを握った。


 山南が壬生界隈の見廻りから戻って来ていた。

 「おかえりなさい、サンナンさん。食事の用意できてます」

 「ああ、薫ちゃん。おつかれさま。わたしはいいわ。あなたたち食べなさい」

 「あたしたちもういただきましたから」

 ウソを言った。


 「外はどうですか?」

 「ひどい状態よ。逃げてきた人が道端に寝転がってるけど・・水も食べ物も無くて」

 「明日、明るくなったら、わたしおにぎりを持って行きます」

 「ダメ!火が収まるまでは外出しないで」

 「でも・・」

 「今のところ、ここまでは燃え広がってないけど、どうなるか分からないわ」


 薫は山南の言うことを聞くことにした。

 山南の顔には疲労の色が濃く出ている。


 部屋に戻った山南にお茶を出す。

 「ありがとう、薫ちゃん。あなたたちがいてくれて良かったわ」


 薫は食事の替わりに睡眠を取って、体力を養うことにした。



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