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第三十三話 彦斎


 沖田は御所の方角に引き返した。

 近辺にはもはや町民の姿はなく、煙たなびく戦場と化している。


 「総司、そっちはどうだ?」

 探索中に沖田を見かけた斎藤が走り寄って来る。


 「あっちはなんもねぇよ。長州の連中、もうみんな逃げちまったんじゃねぇか」

 沖田が手を振りながら答える。

 煙で咳き込んでいる。


 「そっか、こっちもだ。ここの残党狩りはそろそろ終わりだな」

 斎藤が言ったその時、燃え上がる鷹司邸の方から小柄な男が歩いて来た。

 逃げ遅れた町民かと思ったが、腰に刀の鞘を収めている。


 パッと見では敵か味方か分からない。

 斎藤と沖田が見定めようと近づくと、男の口から言葉が漏れる。

 「そん着物ぁ、新選組じゃなかかぁ。わりゃあ・・」


 (来る)

 沖田がすぐに刀を抜く。


 男は猛然と走り寄ると、先に手前の斎藤に斬りかかった。

 居合の達人だ。

 斎藤は刀を抜き去ってかわすと、体勢を向き直す。


 「どこのもんだ、てめぇ」

 斎藤の言葉に男が答える。

 「肥後藩、河上彦斎(かわかみげんさい)じゃ」


 斎藤の顔色が変わる。

 「おめぇ・・人斬り彦斎か」


 「わっどみゃにゃあ、人斬り呼ばわりばされちょないど」

 男が声を荒げる。

 「なに言ってんのか分かんねぇな・・」

 沖田がつぶやく。


 「総司、こいつぁはオレがる。手出しすんじゃねぇ」

 斎藤の顔は上気していた。




 「池田屋の仇じゃ、宮部の敵ばうっちゃる」

 彦斎の言葉に沖田が反応する。

 「宮部?肥後の宮部鼎蔵のことか」


 いったん降ろした刀を持ち直す。

 「だったら、相手はオレだな」

 斎藤の前に沖田が出る。

 「宮部を殺ったのはオレだよ。まぁ、先に自分で腹切ってたけどね」


 彦斎の形相が変わった。

 「わりゃああ・・名乗らんかい!」


 「新選組、沖田総司」


 彦斎の顔色が変わる。

 「新選組の沖田じゃと?」


 「総司、てめぇ邪魔すんじゃねぇよ」

 斎藤が沖田の横に並ぶ。

 「わりぃな、斎藤。こいつぁオレに用があるみてぇだ」 

 沖田が言った瞬間、彦斎が突っ込んでくる。


 居合は、一太刀目をかわすことだ。

 沖田と斎藤が横に跳ねる。

 彦斎の剣が沖田の剣に弾かれる。

 互いに剣を構え合った。


 「チッ」

 斎藤が舌打ちする。


 キィン

 幾度か刀が交わって、力で押す鍔迫り合いになった。

 ギリギリと刃先が鳴る。


 斎藤はいまいましげに2人を見ている。

 「総司、とっとと譲れ」

 「イヤだねぇ」

 沖田が彦斎の剣を弾き返す。




 薫と環は、沖田に言われた通り、壬生の屯所に戻った。


 壬生村には火が届いていない。

 前川邸の屯所内は見張りの隊士がいるだけだった。


 「ほかのみんなは火消しに行ったのかな」

 「多分・・」

 「どうする?」

 環が訊く。


 「あたし、八木邸の屯所から食べ物かき集めてくる。焼け出された町の人に」

 薫が言うと環が頷く。

 「わたしも、手当に使えるもの集める。ケガ人たくさんいると思うから」


 2人は山南の了解をもらおうと、屯所の中を探した。

 「いないね・・」

 「八木邸に行ってるのかな」

 山南は屯所警備の責任者なので、不在にすることはない。


 「八木邸に行ってみよう」

 2人は前川邸を出て八木邸に向かう。


 京の町は黒煙がさらに増している。


 山南は八木邸に来ていた。

 池田屋で負傷した、安藤と新田が寝ている部屋に端坐している。


 「サンナンさん?」

 薫と環が部屋に入ると、山南が顔を上げる。

 「ああ・・環ちゃん、薫ちゃん」

 顔を伏せて、小さく溜息をつく。

 「避難させようと呼びに来たけど、これじゃあ・・」


 安藤と新田は、荒い息をしてうめき声を出していた。

 傷口がさらに化膿している。

 とても動かせる状態ではない。


 「安藤さん、新田さん」

 環の呼びかけにも答えない。

 「しっかり!」

 



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