第三十一話 禁門
1
すでに空は明るい。
薫と環が鳥居のある麓から町に戻った時、混乱はさらに強まっていた。
人垣をかきわけながら四条通まで辿り着くと、壬生の屯所へ向かう。
烏丸通に交わるところで、人垣が途切れた。
見ると、通りの向こうから旗をかかげた一団が練り進んでくる。
先頭には「討会奸薩賊」と書かれた旗が翻っている。
その一団に道を開け、町民は通りからかき消すようにいない。
目の前を通り過ぎる一団を、薫と環が立ち止まって見ていると、首魁と思われる男がチラリと目をくれる。
思いのほか若い侍だ。
長州軍の総大将、国司信濃である。
深夜に嵯峨から京都御所に向かって進軍を開始し、すでに烏丸通まで来ていた。
行列はエンエン続き、ほどなく御所に達するように見えた。
薫と環は通り過ぎるのを辛抱強く待って、烏丸通を横切る。
まもなく壬生の前川屯所が見えてきた。
朝になっても篝火が炊かれている。
門に立っている隊士に開けてもらって山南を呼んでもらう。
山南は監察方と打ち合わせをしていた。
「どうしたの?」
薫と環を見て山南が驚く。
「サンナンさん、ごめんなさい。伝えたいことがあって」
環が口早に話始める。
「まもなく火事が起きます。京の町が焼野原になってしまう」
山南が目を開く。
2
「さっき、長い行列が御所に向かっていました」
薫が言う。
「長州軍ね、報告は入ってるわ。でも火事なんて・・」
山南が言った。
戦に火事はつきものだ。
火が出てもおかしくはない。
だが、いまのところそういう報告は入っていない。
「町の大部分が焼けてしまいます」
環の顔は切羽詰まっている。
「分かったわ。火消しに連絡してすぐ出動してもらいましょう」
戦になればどこかで出火はするだろうと山南は思った。
環が少しホッとした顔をする。
「皆さんも早く避難しないと」
「わたしたちは屯所を守らなくちゃ」
山南は穏やかに言う。
「あなたたち寝てないんじゃない?ひどい顔色よ。休んでいきなさいな。何かあったらすぐ起こしてあげるから」
山南に言われて、2人は通された部屋で少し眠ることにした。
徹夜状態で身体がふらついている。
「池田屋の時よりひどいね」
環が言う。
「うん・・火はここまで来るかな」
薫の問いに環があいまいに答える。
「分からない。でも、ここは御所からけっこう離れてるしね」
環の答えに薫は頷く。
「土方さんたちは伏見方面に出陣だから、火事には逢わないよね」
そう考えると、少しホッとした。
布団に身体を横たえると、すぐ睡魔が襲って来る。
目を瞑ると泥にように眠りこむ。
3
わずかばかりの仮眠を取って、隊士たちは伏見から京の御所へ引き返した。
途中、監察方の報告が順番に入ってくる。
「蛤御門で来島隊が砲撃を開始しました」
「下立売御門が突破されました」
戦況は刻一刻と進んでいた。
京の町に会津藩と新選組が辿り着いた時、すでに戦況は変わっていた。
「乾門から薩摩が突入して形勢逆転です。長州軍は退却を始めています」
会津藩兵が家老の神保に報告を上げる。
(チッ、間に合わなかったか)
土方はそれでも諦め切れない。
しかし中立売御門に新選組が到着した時にはすでに勝敗は決まっていた。
幕軍総大将の徳川慶喜から、敵兵追討の下知が下る。
「長州の敗残兵をすべてあぶりだせ」
指揮官の来島は馬上でのどを突き自刃している。
久坂と寺島は退却して兵とともに鷹司邸に立て籠っており、長州藩邸はすでに火の手が上がっていた。
黒煙が立ち昇る。
雲の動きを見て土方が言う。
「風が強えな、燃え広がるぞ」
討伐軍の会津藩と新選組が鷹司邸を襲撃し、そこからも火の手が上がった。
久坂と寺島は鷹司邸で刺し違えて自刃。
国司と真木だけがわずかな兵とともに落ち延びた。
長州軍の大敗である。