表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/122

第三十話 伏見


 「ごめんなさい。町がメチャクチャで進めなくて」

 環が謝ると、薫の方は少し不機嫌な声を出す。

 「どうしてこんな日に?ずっと姿を見せなかったのに」


 シンの表情は暗闇で見えない。


 「話があると言ったろう」

 抑揚の無い声で続ける。

 「オレも、あんたらと同じで元の時代に戻れないでいる」

 薫と環は黙って聞いている。


 「どうやらオレ以外にも、オレの時代からここに来てるヤツがいるらしい。そいつを探す」

 「誰なの?それ」

 「研究チームの責任者だ。大学の教授だよ」


 「教授?そ、その人に会えば元に戻れるの?」

 環が訊くと、シンは顔を下に向けた。

 「分からない。だが考えると、今回のことはどうやら事故じゃないようだ。オレたちはわざとこの時代に足止めされてる」


 「わざと?」

 薫が低い声で訊くと、続けて環が訊いた。

 「オレたちって・・わたしと薫もわざと江戸時代に?」

 「おそらくな」

 シンが2人の方に向き直る。


 「最初から不自然な事故だった。座標の計算ミスにしては上手く行き過ぎてる。平成の鳥居になぜ数値が合っていたのか」

 薫と環は呆然とした。

 誰かが自分たちをわざと江戸時代に?


 「どうしてそんなこと」

 環がつぶやく。

 「オレが訊きたい。あんたたちは心当たりは無いのか?」

 シンの質問返しに、薫が声を高くする。

 「あ、あるわけないじゃない!あたしたちが江戸時代にタイムワープするなんて・・」


 シンは黙って町の方を見た。

 夜が深まっても、町の灯は消えることがないようだ。




 薫と環はしばらく座り込んで考えたが、どんなに考えても自分たちが江戸時代にタイムワープする理由など思いつかない。


 「もう戻らなきゃ」

 薫が立ち上がる。

 屯所から抜け出して来たが、出陣している隊士が気になる。


 「町には戻らない方がいい」

 シンの言葉に薫が訊き返す。

 「どうして?」


 「今日は禁門の変の日だ。長州軍と幕軍の戦が起こる。町に戻るのは危険だ」

 薫と環が目を合わせる。

 「禁門の変?」

 「長州が兵を上げて御所に攻めいる。戦は長州の敗退で終わるが、町で大火事が起きる」

 薫と環が目を見開く。

 「3日間燃え続けて、町の3分の2が焼失する」

 シンの声は淡々と続く。


 「3分の2が・・」

 環がつぶやく。

 いったいどれだけの町家が無くなるのか。

 「元治の大火だ」


 「あたし屯所に戻る。このこと伝えなきゃ」

 薫が言うと、シンがさらに言った。

 「火元の原因は、長州の敗残兵の放火とも、幕軍や新選組の砲火によるとも言われている」

 「新選組が・・」

 もしかしてシンは、このことが分かっていて、自分たちを鳥居まで呼び出したのかもしれない。


 「やっぱり戻る」

 薫が歩き出すと、環が立ち上がった。

 「待って、薫。わたしも行く」

 「よせ」


 引き留めるシンの声が聞こえたが、振り返らなかった。




 会津藩と新選組が筋違橋で大垣藩と合流した時、すでに長州藩は退却を始めていた。


 「大将の福原越後は、流れ弾を顔面に受けてすでに退却しています」

 先に馬で移動していた山崎が、近藤と土方に戦況を伝える。


 「チッ」

 土方は舌打ちする。

 なんのために来たのか分からない。

 こうしている間にも、嵯峨の主力部隊が洛中に進軍を始めているかと思うと、いても立ってもいられない。

 「くそ!」


 福原隊が退却を始めたとなると、追撃するか否かだ。

 「どうする、近藤さん」

 土方の問いかけに近藤が答える。

 「福原を取り逃がしちゃあ、ここまで来た意味がねぇだろう」


 近藤の言葉で追撃を開始したが、伏見の長州藩邸に辿り着くと、すでに藩邸は燃え落ちている。

 家老の福原は淀川から船で逃げ出し、墨染まで追った新選組は首魁を取り逃がした。


 その時、土方が京に散らした監察方が戻って来た。

 「国司信濃隊が進軍を開始して、御所の中立売門で一橋隊を破りました」

 見上げると、京の夜空に火煙が立ち登っている。


 「近藤さん、すぐに京に戻るぞ」

 土方が言うと、近藤が首を振った。

 「だめだ。見ろ、トシ」


 隊士は一睡もせずに動き続けて、敵と一戦も交えていないのにフラフラの状態である。

 「少し隊士たちを休ませんと」

 「休むヒマなんざねぇよ」


 近藤と土方が遣り取りしているのを組長が遮った。

 「土方さん、四半時でいいからこいつら寝かしてやってくんねぇか。休むヒマがねぇのは分かってるが倒れちまう」

 永倉と原田である。


 「こっから京までは3里ですぜ。どうにも間に合わねぇ」

 沖田が言う。

 斎藤と藤堂は黙っているが、同じ考えのようだ。


 「みな、少し休め」

 近藤が言うと、土方は何も言わずに溜息をついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ