表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/122

第二十八話 長州


 ~長州藩がまもなく御所に攻め入ってくる~


 京の町は不穏な噂が広まって、恐れをなして疎開する者まで出ている。


 監察方からの情報では、伏見の長州藩邸、嵯峨の天竜寺、山崎の天王山、この3拠点に長州藩兵が集まっている。


 (やつら、本陣はどこなんだ)

 土方は、長州の布陣を紙の上に地図状に書き付けて考えている。


 (まともに考えりゃあ、家老の福原が大将に収まってる長州藩邸だろうが、裏をかくんなら嵯峨か天王山だぜ。嵯峨の天竜寺にゃあ国司と来島がいる)

 土方は嵯峨天竜寺が主力部隊と考えた。


 会津藩から来た幕軍の陣割りは違っていた。

 幕府は伏見の長州藩邸を本陣とみて、幕軍の主力部隊を伏見に集中させている。


 会津藩、京都見廻組、新選組のほか、大垣藩、彦根藩などの諸藩30余りの兵を伏見に布陣させる配置である。

 異を唱えることはできないが、土方は舌打ちしたい気分だった。


 「トシ、どうしたんだ?」

 近藤は、土方がなぜ不満気な顔をしているのか分からない。

 「近藤さん。こいつぁとんだハズレクジさ。伏見になんぞ行ったって、おそらく空振りだよ」

 土方がいまいましげにに言い放つ。

 「なに言ってんだぁ。長州の本隊に攻め入るんだぞ」


 「本隊なんかじゃねぇよ。福原なんざ置物みてぇなもんだ。国司と来島がいる嵯峨天竜寺が主力部隊だろう」

 「しかしトシ、陣割りはもう決定しちまってんだ」

 「チッ」

 土方がイライラと舌打ちをする。


 (見てろ。様子を見て、嵯峨に攻め込んでやる)




 環は庭で洗濯をしている。

 洗濯機が無いので、もちろんたらいを使った手洗いである。


 怪我人や病人の看病をしていると、大量の洗濯物が出てくる。

 薫は大人数の賄いで忙しくしているが、環は洗濯物と日々格闘している状態だ。


 隊員の大半が前川邸の屯所に集まっており、八木邸の屯所は人少なになっている。

 池田屋の時も、こんな感じだった。


 (また何かあるのかなぁ)

 討ち入り騒ぎでも起きるのかと心配になってくる。


 日差しが暑い。


 額の汗をぬぐった環は、いつの間にか目の前に立っている人物を見てポカンとした。

 アカギシンが立っているのだ。

 真昼間に、新選組の屯所にどうやって入り込んだのか。


 「あ・・」

 驚きすぎて声が出ない。


 前置きなくアカギシンが話し出す。

 「日が暮れたら2人で鳥居に来てくれ。話がある」

 2人とは環と薫のことらしい。


 「は、話?や、やっぱりまだ未来に戻ってなかったんだ」

 アカギシンは無表情に環をみつめるだけで何も答えない。


 そのまま踵を返すと、庭石を足場にして器用に塀の上によじ登る。

 「今夜だ」

 ひとこと言うと塀の外側に姿を消した。


 アカギシンと入れ違いに、門から山崎がやって来るのを見て、環は慌てて洗濯作業に戻る。




 「環ちゃん、洗濯かい」

 山崎が声をかけてくる。

 「あ、山崎さん、おかえりなさい」

 環は動揺を隠して立ち上がる。

 「毎日暑くて大変だろう」


 山崎はちかごろ、八木邸の屯所に姿を見せていなかった。

 監察の仕事にかかりきりで、医療班の仕事まで手が回らないのだ。


 「しばらく外に出ないようにしてくれ。薫ちゃんもだ」

 山崎の言葉に環は少し考えてから答える。

 「何か起こるんですか?」


 「戦が始まるかもしれねぇ。始まりゃあ町が戦場に変わる」

 「戦?」

 「ああ、長州が御所に攻め入る準備をしてんだ。ま、ここは新選組が守ってるから大丈夫だ」


 環は無理に笑顔を作って頷く。

 「わかりました」

 

 洗濯を途中で切り上げると、環は炊事場にいる薫をこっそり呼んだ。


 布団部屋に戻ると、すぐに話を切り出す。

 「さっき、アカギシンが庭に入ってきたの」

 「えっ」

 薫が驚いて訊き返すと、環が頷く。


 「今夜2人で鳥居に来いって、話があるから」

 「話・・」

 元の時代に戻してくれるとか?

 いや、すでにアカギシン自身が、自分の行き来をコントロールできないでいる。


 薫はすぐには言葉が出てこない。

 「どうする、薫?」


 環の心は決まっている。

 もちろん行く。


 しかし、山崎に外出を禁じられている。

 「戦が始まるかもしれないって、山崎さんが言ってた。町が戦場になるかもって」

 薫と環は目を合わせた。


 それでもアカギシンに会わなくてはいけない。

 どうしても。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ