第二十七話 戦の前
1
その日、土方は会津藩に伺候して、交渉の上、大砲を1台融通してもらった。
これで、新選組が持つ大砲は2台になった。
これから始まる本格的な戦に備えての軍備補強である。
新選組は京を守る警察隊から軍隊に変わっていくのだ。
(あとは隊の編成だな)
土方は部屋で1人考えている。
そこに監察の山崎が、廊下から低い姿勢で声をかけた。
「どうやら連中は、嵯峨の天竜寺に集まっているようです」
「天竜寺?」
昨晩遅くから、長州藩邸で人の出入りが激しい。
「あっこか」
土方の頭に、天竜寺の巨大な塀が思い浮かぶ。
(陣営を張るにゃあ、もってこいだなぁ)
昨晩からの報告で、近いうちに戦が始まると踏んだ土方は、朝から会津藩に出向いて大砲を無心したのだ。
新選組の武勲を上げるチャンスだ。
戦争屋は戦場にいなければいけない。
最前線に出るためには、隊の強化と情報収集である。
「そのまま見張りを続けろ」
「はっ」
山崎の姿はすぐになくなった。
2
「ほらパチ、こっちおいで」
薫はパチを、庭で一番大きい樹の下まで連れて来ると、尻尾を振るパチに鶏の骨を食べさせる。
夢中で骨に噛り付く子犬の仕草が可愛いらしい。
「やっぱりワンちゃんは骨が好きだよね」
骨に食いつくパチの隣りに寝そべる。
昼下がり、夏の日差しは強いが、木陰は涼しくて気持ちが良い。
このごろパチのゴハンも薫が用意している。
そのせいかパチは薫に従順だ。
「パチのご主人様、二日酔いみたい」
薫はあくびしながらパチに話しかける。
永倉はゆうべ、原田と2人で飲み較べをしていたらしい。
原田が先ににつぶれたが、永倉は朝方まで飲み続けた。
そのせいか今朝、珍しく朝飯を食べなかった。
薫はいつのまにか、うつらうつら眠りに誘われる。
昼飯を食べ終わった沖田が、爪楊枝をくわえて庭に出て来ていた。
パチの姿を見つけて、沖田が歩いてくる。
「パチ、なに食ってんだい」
覗きこむと、パチの口の端から骨がはみ出している。
「なんだい、そいつぁ。ホネ?」
パチを抱き上げて、横で寝ている薫の隣りに座る。
「こっちはお昼寝中かぁ」
気持ち良さそうに寝ている薫を見ていると、沖田も眠くなる。
パチを横に置いてつい寝転がると、薫とパチと沖田と、川の字になった。
3
パチに顔を舐められて薫が目を覚ますと、いつのまにか沖田が樹の下で寝ていた。
一瞬驚いたが、声を出さないよう慌てて口を押える。
(沖田さんって、ほんといつでもどこでも寝るよね)
沖田は穏やかな寝息を立てている
とうてい新選組の組長には見えない。
薫は起こさないよう、静かにパチを抱いて立ち上がった。
「沖田くん、なにやってんの?」
山南の声で、沖田は昼寝から揺り起こされた。
「あれ、サンナンさん・・?」
薄目を開けてのっそり起き上がる。
「お昼休み、もう終わってるんですけど」
山南がしゃがみ込んで言った。
「ああ‥ついウトウトしちまいました」
沖田はキョロキョロあたりを見ている。
「君、天才剣士だけど、ちょーっと勤務態度に難有りね。ユルすぎだわよ」
言葉とうらはらに、山南の声には親しみがある。
「戦が始まるかもよ」
山南の言葉に、沖田は眠気の残った顔で訊く。
「どこでです?」
「長州藩邸でそれらしい動きがあるわ。力で物を言わせるのが手っ取り早いと思ったんでしょ」
沖田はボリボリと頭を掻いている。
「あっちの考えるこたぁ分かんないですね」
「土方副長が朝からピリピリしてるわ。ま、あの人もともとピリピリしてるから、同じかしらね」
「喧嘩はでかいほどオモシロイって人ですからね」
沖田は頭を振って立ち上がった。
眠気はもう消えている。