第二十六話 赤城
1
布団部屋の中で、薫は筆に墨をタップリつけて紙に書き連ねていた。
カレーライス
クリームシチュー
ピザトースト
やきそばパン
コロッケパン
バターどらやき
アイスクリーム
かきごおり
チキンカレー
ポークカレー
ビーフカレー
シーフードカレー
チーズカレー
とにかく食べたいものを思いつく限り書いてみる。
読み返すと江戸時代で作れそうなのは、やきそばとシチューくらいである。
一番食べたいカレーはやはり難しい。
手に入る香辛料を混ぜ合わせて、小麦粉と油で練ってルーを作れば近いものはできるかもしれないが、薫が食べたいのはハウスバーモントカレーの中辛だ。
専門店のカレーより、自分で作るバーモントカレーが薫の口に合っている。
養護施設では週に1回のペースでカレーとシチューが食卓を賑わせていた。
子供たちが喜ぶので、園長先生がよくメニューに入れていたのだ。
時々、モーレツに現代に戻りたいと思うのはこういう時である。
慣れ親しんだ現代の味が恋しくて頭が変になってくる。
「あーもう!やっぱり食べたい、食べたいよー!」
書いた紙を部屋中に飛ばして、机に突っ伏す。
(そういえば・・アカギシンはどうしているんだろう)
薫の頭にふとシンのことがよぎった。
2
アカギシンは鳥居に背をもたれて考えている。
めし屋で噂話を訊いて来たのだ。
~山の麓の神社にある鳥居から赤鬼が出てきた~
夕飯を食べていると、近くに座っている男たちが店の男とそんな話をしている。
シンは聞き耳を立てた。
「いきなり、いかい(大きい)鬼みたいなんが出てきたらしいですわ」
「そりゃ、けったいな」
「こわい話やでぇ」
「なんや、毛ぇは赤ぅて、目ん玉は金色に光っとったっちゅう話ですわ」
「金色かいな、妖怪変化やないけ」
「そこらのモンは赤鬼やぁゆうて、みんな怖がっとるちゅうこって」
大きくて、赤い毛で、金色の目玉を持った、鬼のような姿。
シンには心当たりがある。
大学の研究チームの中の、ある人物の容貌がソレに近いのだ。
「まさか、教授がここに・・」
知らずに言葉が漏れる。
赤城(アカギ)教授はシンの後見人であり、ワームループ研究の第一人者だ。
研究責任者である教授が、わざわざ自らシンを探しに江戸時代に来るとは考えにくい。
しかしシンには妙な確信があった。
間違いない。教授はここに来ている。
(オレを探しに来たのか?それとも他に何か・・)
3
借りていた硯と墨を返そうと、沖田の部屋に行く途中、中庭でぼんやり立っている土方を見かけた。
「何してるんですか?土方さん」
薫が声をかると、土方がビクっと振り返る。
慌てて後ろに何かを隠す。
「な、なんでもねぇよ。いきなり後ろに立ってんじゃねぇ」
「なんですか?それ」
薫が土方が隠したものに視線を送ると、わざとらしく目をそらす。
「なんでもねぇ。ガキが見るもんじゃねぇ」
手には丸めた冊子が握られて、なにやら文字が書かれてある。
「あ、もしかして俳句ですか。それ」
「な、なんで知ってんだ。おめぇ」
「沖田さんが言ってました。土方さんは俳句も作るって」
「あのやろう・・」
「よかったら、見せてもらっていいですか」
薫は近頃、江戸時代の文字もかなり読めるようになっている。
薫の申し出に、土方はしぶしぶと、しかし若干嬉しそうに帳面を手渡した。
~ 春の草 五色までは覚えけり ~
~ 梅の花 一輪咲いてもうめはうめ ~
(なんだ、こりゃ)
~ しれば迷い しらねば迷わぬ恋の道 ~
~ しれば迷い しらねば迷ふ法の道 ~
(結局、迷うのか)
沖田の言うとおり、上手いとは言い難い下手くそな俳句である。
しかし、単純明快この上ないドストレートな表現は、薫の気に入った。
「いいですね、わかりやすくて」
「お、そうか?どいつが気に入った?」
「そうですねぇ」
薫が~知れば迷い~の2句を指さす。
「これ」
(迷子のうた)
「ガキのくせに、ませてんな」
そう言って土方は、薫の手から発句集を取り上げた。
「まぁ、でも。おめぇはなかなか見所がある」
そういうと、土方は嬉しげに部屋に戻って行った。