第二十五話 不満
1
「近頃の近藤さんにゃあ、ついてけねぇぜ。まるで大名気取りじゃねぇか、らしくねぇよ」
酒がまわって来ると、永倉の声が大きくなる。
「まぁなぁ、武田のやつがヘイコラかしずいちまってるからなぁ。キモチわりったらありゃしねぇ」
原田も同意する。
「オレたちゃ、家臣じゃあねぇっての。同志だろーが」
永倉は憤然としている。
「土方さんはどう思ってんだかなぁ。あの人の考えるこたぁ分からねぇ」
永倉と原田の話を、薫と環は驚いて聞いている。
隊士たちはみな、近藤を慕っていると思っていた。
「なんか、いろいろ大変なんですね」
薫の言葉に沖田が答えた。
「新八っつぁんも左之さんも、近藤さん好きだから、余計腹が立つんだと思うよ」
永倉と原田の言いたいことは分かる。
沖田も、武田が近藤に媚びるのを見ているとゲンナリするし、武田のことは好きではない。
近藤はもともと古武士への憧憬が強い。
侍とは主従関係を尊ぶものだ。
だが、新選組は違う。
そこにあるのは主従関係ではなく、盟約のようなものだ。
近藤は局長だが、主君ではない。
「オレも近頃の近藤さんの態度ぁ、いかがなもんかと思いますぜ」
斎藤が両手でオカマを抑え込みながら、話に加わっている。
「武田が良くねぇんでさぁ。あいつが近藤さんの勘違いを煽ってやがる」
斎藤は言いながら、オカマを振り払う。
「ジジィ!てめぇ、しつけーんだよ」
「なによぉ、せめてババァって言いなさいよぉ」
山崎だけ話に入らない。
連二郎が山崎に迫って来るので、ずっと腕を掴んで力較べをしているのだ。
2
夢屋を出たのは、酉の刻(20時)を過ぎた頃だった。
永倉と原田は、あれだけ飲んだにもかかわらず、足元もふらつかずに歩いている。
かなり酒に強いらしい。
沖田と斎藤は余り飲んでいなかったし、薫と環は甘酒を飲んでいただけだ。
山崎だけはなにも飲んでいない。
「オレぁ、最後まで守り抜きましたぜ」
「おめぇの操(みさお)の話はどうでもいんだよ、山崎」
山崎の言葉に原田が答える。
「いっそ操失った方が、タガが外れて良かったんじゃねぇか」
永倉が茶々を入れると、山崎が即座に否定した。
「やめてください。オレぁ、もう二度と行きませんよ」
山崎は体力を消耗してゲッソリしていた。
「斎藤みてぇなこと言ってんじゃねーよ」
原田はカラカラ笑っている。
「まぁ、またみんなで行こうや」
「藤堂さんは来なかったんですね」
薫が訊くと永倉が答えた。
「あの野郎、命懸けで拒むからなぁ。夢屋に行くならオレを屍にしろとかなんとか言って」
薫と環がクスクス笑っている。
「あの店の人って京訛りがないんですね」
環が言うと、永倉が喜んで答える。
「お、そうなんだよ。あそこは女将も店のモンもみんな江戸の出さ。やわな京訛りばっか聞いていると、キリっとした江戸女の言葉が聞きたくなるってもんだ」
「誰が江戸女なんですか、新八っつぁん」
斎藤が苦虫を噛んだような顔で訊いた。
「斎藤。おめぇ、なんだかんだ言って楽しんだろうが。グダグダ言ってんじゃねぇよ」
斎藤は黙っていたが、自分がどう楽しんだように見えたのかを訊きたいと思った。
薫と環は、隊士たちの私的な時間を初めて見た気がする。
角屋の酒宴の席ではできないような話を、こうして場所を変えて話しているのだろう。
ほどなく屯所が見えて来た。
どうやら、宵五ツの門限には間に合ったようだった。
3
沖田が部屋に戻ると、机に薬が置かれてあった。
「遅かったな、総司」
土方が障子を開いて廊下に立っている。
「ああ、新八っつぁんに誘われて夢屋に行ってたんで」
「ああ、あっこか」
土方が、げっと言う顔をした。
「よくあんなバケモン居酒屋に行くもんだ」
「バケモンはひどいですよ、土方さん。楽しい店でさぁ。で、これは?」
沖田が薬を持って見せる。
「虚労散だ、知ってんだろ。佐藤の家で作ってる薬だ」
「どうしてこれをオレに?」
「いいから飲め。副長命令だ」
沖田は黙っている。
「いいか、薬も剣も気合だ。気合で飲むんだ。そうすると効きが違う」
土方は立ったままで話し続ける。
「初めて聞きました」
沖田は可笑しくなっている。
「何事も気組(きぐみ)だ」
土方が言う気組とは、天然理心流で重視される気迫のことである。
「ええ、分かります」
沖田は黙って言うことをきくことにした。
土方には、なんだかんだ言っても適わないと思っている。
剣の腕は沖田が勝っているが、土方には沖田に無いものがあった。
人の上に立つ力のようなものかもしれない。