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第二十五話 不満


 「近頃の近藤さんにゃあ、ついてけねぇぜ。まるで大名気取りじゃねぇか、らしくねぇよ」

 酒がまわって来ると、永倉の声が大きくなる。

 「まぁなぁ、武田のやつがヘイコラかしずいちまってるからなぁ。キモチわりったらありゃしねぇ」

 原田も同意する。


 「オレたちゃ、家臣じゃあねぇっての。同志だろーが」

 永倉は憤然としている。

 「土方さんはどう思ってんだかなぁ。あの人の考えるこたぁ分からねぇ」


 永倉と原田の話を、薫と環は驚いて聞いている。

 隊士たちはみな、近藤を慕っていると思っていた。


 「なんか、いろいろ大変なんですね」

 薫の言葉に沖田が答えた。

 「新八っつぁんも左之さんも、近藤さん好きだから、余計腹が立つんだと思うよ」


 永倉と原田の言いたいことは分かる。

 沖田も、武田が近藤に媚びるのを見ているとゲンナリするし、武田のことは好きではない。


 近藤はもともと古武士への憧憬が強い。

 侍とは主従関係を尊ぶものだ。


 だが、新選組は違う。

 そこにあるのは主従関係ではなく、盟約のようなものだ。


 近藤は局長だが、主君ではない。


 「オレも近頃の近藤さんの態度ぁ、いかがなもんかと思いますぜ」

 斎藤が両手でオカマを抑え込みながら、話に加わっている。


 「武田が良くねぇんでさぁ。あいつが近藤さんの勘違いを煽ってやがる」

 斎藤は言いながら、オカマを振り払う。

 「ジジィ!てめぇ、しつけーんだよ」

 「なによぉ、せめてババァって言いなさいよぉ」


 山崎だけ話に入らない。

 連二郎が山崎に迫って来るので、ずっと腕を掴んで力較べをしているのだ。




 夢屋を出たのは、酉の刻(20時)を過ぎた頃だった。


 永倉と原田は、あれだけ飲んだにもかかわらず、足元もふらつかずに歩いている。

 かなり酒に強いらしい。

 沖田と斎藤は余り飲んでいなかったし、薫と環は甘酒を飲んでいただけだ。

 山崎だけはなにも飲んでいない。


 「オレぁ、最後まで守り抜きましたぜ」

 「おめぇの操(みさお)の話はどうでもいんだよ、山崎」

 山崎の言葉に原田が答える。


 「いっそ操失った方が、タガが外れて良かったんじゃねぇか」

 永倉が茶々を入れると、山崎が即座に否定した。

 「やめてください。オレぁ、もう二度と行きませんよ」

 山崎は体力を消耗してゲッソリしていた。


 「斎藤みてぇなこと言ってんじゃねーよ」

 原田はカラカラ笑っている。

 「まぁ、またみんなで行こうや」


 「藤堂さんは来なかったんですね」

 薫が訊くと永倉が答えた。

 「あの野郎、命懸けで拒むからなぁ。夢屋に行くならオレを屍にしろとかなんとか言って」

 薫と環がクスクス笑っている。


 「あの店の人って京訛りがないんですね」

 環が言うと、永倉が喜んで答える。

 「お、そうなんだよ。あそこは女将も店のモンもみんな江戸の出さ。やわな京訛りばっか聞いていると、キリっとした江戸女の言葉が聞きたくなるってもんだ」


 「誰が江戸女なんですか、新八っつぁん」

 斎藤が苦虫を噛んだような顔で訊いた。

 「斎藤。おめぇ、なんだかんだ言って楽しんだろうが。グダグダ言ってんじゃねぇよ」

 斎藤は黙っていたが、自分がどう楽しんだように見えたのかを訊きたいと思った。


 薫と環は、隊士たちの私的な時間を初めて見た気がする。

 角屋の酒宴の席ではできないような話を、こうして場所を変えて話しているのだろう。


 ほどなく屯所が見えて来た。


 どうやら、宵五ツの門限には間に合ったようだった。




 沖田が部屋に戻ると、机に薬が置かれてあった。


 「遅かったな、総司」

 土方が障子を開いて廊下に立っている。


 「ああ、新八っつぁんに誘われて夢屋に行ってたんで」

 「ああ、あっこか」

 土方が、げっと言う顔をした。


 「よくあんなバケモン居酒屋に行くもんだ」

 「バケモンはひどいですよ、土方さん。楽しい店でさぁ。で、これは?」

 沖田が薬を持って見せる。


 「虚労散だ、知ってんだろ。佐藤の家で作ってる薬だ」

 「どうしてこれをオレに?」

 「いいから飲め。副長命令だ」

 沖田は黙っている。


 「いいか、薬も剣も気合だ。気合で飲むんだ。そうすると効きが違う」

 土方は立ったままで話し続ける。

 「初めて聞きました」

 沖田は可笑しくなっている。 


 「何事も気組(きぐみ)だ」

 土方が言う気組とは、天然理心流で重視される気迫のことである。


 「ええ、分かります」

 沖田は黙って言うことをきくことにした。

 土方には、なんだかんだ言っても適わないと思っている。


 剣の腕は沖田が勝っているが、土方には沖田に無いものがあった。

 人の上に立つ力のようなものかもしれない。



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