第二十四話 夢屋
1
池田屋事件の報奨金で、出動隊士たちは羽振りが良い。
「やっと取り返したぜぇ」
永倉はホクホク顔だ。
池田屋事件から初めての非番である。
非番でも部屋で休むのではなく、町中にでかけて歩くのが好きな男だ。
「新八っつぁん、もうお帰りですかい」
屯所の門から入ってきた永倉に斎藤が声をかける。
「まだ日ぃ高ぇってのに」
「おう、斎藤。見ろよ、質に預けてた刀うけ出して来たぜ」
「武士の魂を質に預けてたんですかい?」
斎藤には理解ができない。
「まぁな、この前ちっと銭が足らなくなってよ」
「新八っつぁん、景気良く使い過ぎるんですよ」
「なに言ってやがる。男は宵越しの金は持たねぇもんだ」
そこに監察から戻った山崎が門を入って来る。
「お、山崎。ちょうど良かった、おめぇも今夜つきあえ。斎藤も一緒だ」
「え、な、なんですか?」
突然、声をかけられて山崎が驚いてる。
「え、なんでオレ?」
いきなり名指しされた斎藤も驚いている。
「質屋にゃ世話になったしよ。今夜は夢屋で豪遊だ」
「げ・・夢屋」
斎藤の顔が一気に曇る。
「新八っつぁん、オレぁ遠慮しときますぜ」
「なんだと、斎藤。てめぇは先輩の誘いを断ろうってのか」
斎藤は言葉が出ない。
替わりに山崎が言った。
「いや、オレも夜は忙しいですよ」
「山崎、おめぇは普段から付き合いが悪すぎんだよ。ちっとぐらい時間避けんだろ」
斎藤と山崎の肩に手を置いて永倉は上機嫌だ。
2
「斎藤、おめぇ二度と夢屋にゃ行かねぇとか言ってなかったか?」
原田が薄笑いをしている。
斎藤は苦い顔で答えない。
永倉、原田、沖田、斎藤、山崎、そして薫と環の7人でぞろぞろと夕暮れ時の町を歩いている。
「あのぉ、夢屋ってなんですか?」
環が原田に訊いた。
薫も環もいきなり呼ばれて、訳が分からない。
「ああ、ただ酒を飲む店さ。普通のな」
「ふつう?」
斎藤が不機嫌な顔で訊き返す。
沖田がクスクス笑っている。
「なに笑ってやがる、総司」
斎藤が沖田を横目でにらむ。
「まぁ、いいじゃねぇか。酒飲んでうさを晴らせばいいんだよ。そら着いたぞ」
原田が顔を向けた先に、夢屋と書かれた提灯が灯っている。
永倉に続いて原田が店に入った。
「おう、女将。今日は新顔連れて飲みに来たぜ」
薫と環も沖田と山崎に続いて玄関をくぐった。
小さい座敷が3つあるだけの狭い店の中に厚化粧のゴツイ女が2人、カウンター越しにも2人いる。
「あらぁ、ぱっちゃん。いらっしゃい」
女将と呼ばれたゴツイ女の声を聞いて、薫と環はそれが男の声だとすぐに分かった。
「ねぇ、薫、ここってさ・・」
環が薫に耳打ちする。
「オカマバー、だよね。あれって全部男でしょ」
「ここの女将は、昼は質屋の主人だぜ」
原田が言うと、その女将が2人を見ている。
「ちょっと、ぱっちゃん。ここは神聖な男だけの憩いの場だよ」
「ああ、この2人は女だが女じゃねんだ」
「なに訳の分からないこと言ってんのさ、アンタ」
女将のセリフに薫と環も同意見である。
「まぁ、いいじゃねぇか。今夜は大目に見てくれや」
原田が言うと女将は仕方ない顔をする。
「まぁ、左之ちゃんが言うなら仕方無いわね」
3
カウンターの席に沖田と薫と環が座った。
カウンターに近い座敷には永倉と原田が、玄関側の座敷に山崎と斎藤が座った。
「総司ちゃん、ひさしぶり」
女将が沖田に酒を注ぐ。
「相変わらず、可愛いわねぇ」
沖田はニコニコと笑っている。
何があっても動じない肝を持っているのだ。
永倉と原田が「オレたちは勝手にやってるから」と言ったので、店員のオカマ3人が斎藤と山崎の座敷に座った。
「あらぁ、こちら良い男ねぇ」
山崎の右側に座った店員が、すっかり山崎を気に入っている。
斎藤は両隣りを挟まれて、集中的な接客を受けていた。
「はじめちゃん、ご無沙汰だったじゃなぁい。アタシさみしかったわぁ」
斎藤はブスっとしたままで答えない。
「んもう、そのイケズなとこがたまんないのよねぇ」
オカマがしなだれかかると、斎藤が乱暴に振り払う。
「うるせぇ、オレにさわんじゃねぇよ」
「キャー、こわーい」
カウンターでそれを見ている薫が言った。
「なんか、けっこう楽しそうですね」
「ああゆう口の悪い男ってのは、あたしらみたいな女にモテんのさ」
女将がしたり顔で言う。
「ま、総司ちゃんはアタシのお気に入りだから、あの娘たちも手出ししないわよ」
沖田は笑って飲んでいる。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。どこ触ってるんですか」
山崎の声が聞こえる。
隣りでしなだれかかっているオカマが、山崎の襟元に手を入れている。
「アタシのことはレンって呼んで。本名が連二郎なのよ」
山崎が慌てて連二郎の手を襟から外そうとするが微動だにしない。
(な、なんだ、いったい。この馬鹿力)
山崎の額に脂汗が滲んでいる。
「うちの娘たちは道場上がりの猛者揃いだよ。天下の新選組にだって負けやしないさ」
女将がカラカラと笑いながら言った。
山崎はすでに胸元が開いている。