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第二十三話 病


 夕餉の後、部屋に戻る途中の廊下で、沖田が立ち止まって咳き込んでいる。


 「まだ風邪が治ってねぇのか」

 振り返ると爪楊枝をくわえた土方が立っている。

 「ええまぁ、夏風邪がしつこくて」

 沖田は軽く笑って答える。

 手は口元にあてたままだ。


 「そうか」

 言い捨てると、土方はいま来た方に引き返した。


 握った沖田の手の平に、うっすら血がついている。


 部屋に戻ると、沖田は片膝をたて座り込んだ。

 だるいので、柱に背をもたせる。

 日中は平気だが、夕暮れ時になると身体がだるくなる。


 労咳(肺結核)はこの時代、死病であった。


 長生きしたいとは、もとより考えていない。

 ただ、剣を振るえなくなることだけは怖ろしい。


 病で朽ち果てるより、戦場いくさばで散りたいと思っている。


 医者にかかるつもりもないが、どうしたらいいかと考える。

 労咳は感染る病だ。


 近頃は、壬生寺で子供達と遊んだりもしていない。

 ほかの隊士と、柄杓で水をまわし飲みしたりもしない。


 それでこのままここにいてもいいのか。




 「総司の野郎、とぼけやがって」

 「なんだ、トシ」

 部屋には近藤と土方の2人だけである。


 「あいつぁ、病にかかってる。おそらく胸の病だろう」

 近藤は眉を寄せた。

 「労咳か」

 「おそらくなぁ」


 「だったらすぐにでも医者に診てもらった方がいいんじゃねぇか」

 「あいつがうんとは言うまいよ」

 「なぜだ、放っておいても悪くなるいっぽうじゃねぇか」

 「胸の病は治らねぇ。医者にかかったところで、それをはっきり言われるだけだ」

 土方は幼い頃に、母親を結核で亡くしている。


 「じゃあ、どうするってんだ。このままほっとくってのか」

 近藤の声が高くなる。

 「どうしたもんか、オレも考えあぐねてなぁ」

 土方は天井を見上げた。


 近藤と土方にとって、沖田は弟のようなものである。

 「まぁ、薬は飲ませる。虚労散だ。効いてくれればいいが」

 虚労散は土方の姉の夫、佐藤彦五郎の家で作っている結核の薬だ。


 土方の実家の家伝薬、石田散薬と材料や製造法はほとんど変わらない。

 ちなみに石田散薬は、打ち身や骨接ぎの薬である。


 「病は体力勝負だ。総司は食が細ぇ、だから病なんぞにかかるのだ」

 夏場も冬場も風邪ひとつひかない近藤にとって、病は縁遠い話だ。


 「とりあえず、このことはオレとアンタと2人だけの話だぜ、近藤さん」

 土方が言うと、近藤は黙って頷いた。




 「ねぇ、環。沖田さんって結核で死ぬんだよね」

 薫の言葉に、環が驚いて振り向く。


 「どうしたの?いきなり」

 「沖田さん、自分の病気のことわかってるんじゃないかな」

 環は薫をみつめた。

 「最近、話す時横向いたり口を手で覆ったりしてるから。感染さないように気を使ってるんじゃないかと思って」


 沖田が時々咳をしていることを、環も気付いている。


 自分は医者ではない。

 医者の家で育っただけで、専門的な知識など持ち合わせていない。

 安静にして栄養を取ることしか考えつかないが、新選組の組長が安静にするわけもない。


 「ごはん、ちゃんと食べてるのかなぁ」

 環の問いかけに薫が少し考えてから答える。

 「うーん、おかゆを届けてた時は食べ終わるまで見張ってたけど。最近はもう普通の食事になったから分からないんだ」


 薫と環は隊士たちと一緒に食事を取らない。

 自分たちの部屋で食べるか、ほとんど台所で食べている。


 「美味しい料理作って味見させれば、食欲湧くんじゃない?」

 「それじゃまた、カボチャのプリンでも作ろうかな。沖田さん好きだから」

 薫の言葉に、環は笑って頷いた。


 沖田は肺結核で死に、土方は函館で戦死する。近藤はそれより前に処刑される。


 環がドラマなどで観て覚えてるのは、この位だ。

 ほかの隊士のことは全く知らないし、知らない方がいい。


 不思議なことだが、その人がどんな死に方をするか知っていると、罪があっても許せる気がする。

 この先、近藤や土方や沖田がどんな血なまぐさいことをしても、それでも生きていて欲しいと思った。


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