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第二十一話 島原


 池田屋事件の戦功で会津藩から新選組に報奨金が下りた。

 最初に乗り込んだ近藤隊と次に駆けつけた武田隊である。


 「角屋(すみや)に席を設けたぞ」

 近藤が朝言った。


 慰労会のようなものだろう。

 近藤はよく島原界隈で隊士たちをねぎらっている。


 「出動隊士は全員参加、あと屯所の守備の連中もだ」

 すると山南が言った。

 「わたしは遠慮しますわ、近藤局長」


 池田屋事件の夜、山南は前川邸屯所にいた。

 「なに言っとるんです、サンナンさん。総長がいなくちゃ締まらねぇ」

 山南が、わかりましたという顔をすると土方が言った。


 「近藤さん、あの2人も連れてっていんじゃねぇか?」

 「なんだトシ、あの2人とは」

 「薫ちゃんと環ちゃんでしょ」

 沖田が替わりに答える。


 「あの2人は伝令の役目もしたし、現場で怪我人の介抱に当たってたんでな」

 土方の言葉に近藤が頷く。

 「おお、そうか。そうだな」

 みなで騒ぐのが好きなのだ。


 永倉にこのことを告げられて、薫と環は困惑した。


 「わたしたちも?」

 環は困った顔をしている。


 「おめぇらも池田屋ん時に働いたからよ。土方さんが言い出したんだぜ。出ねぇわけにゃいかねぇよ」

 永倉が笑いながら言った。


 「安藤さんと新田さんの具合が良くないし、出かけるのはちょっと」

 環が断ろうとするのを永倉が遮る。

 「おめぇなぁ、この屯所で怪我人にずっと付き添ってちゃどこも出れねぇぞ。そのうち、おめぇが倒れちまう」


 薫は永倉と同じ考えだった。


 近頃の環は、暇さえあれば安藤と新田の部屋で籠りきりだ。

 このままでは環が病気になってしまうと心配だった。


 大人たちの席に参加しても気疲れするかと思うが、屯所に籠りきりの環を連れ出すチャンスである。


 「少しだったら大丈夫だよ」

 薫に促され、環はしぶしぶ頷いた。




 角屋は島原の揚屋である。

 置屋の輪違屋(わちがいや)には新選組隊士の馴染みの遊女が多くいる。


 薫と環は一番の下座に着いた。


 すると、沖田が薫の隣りに、藤堂と斎藤が向かい側の席に座った。

 副長助勤だが年若い3人は自然に下座に座る。


 かなりの大人数である。


 全員が席に着くと、芸娘が5人障子を開けて部屋に入ってきた。


 「花魁だぁ」

 薫は興奮した。

 「花魁は吉原の遊女だぜ、江戸の女さ。京の島原じゃあ、一番位が高ぇのは太夫ってんだ」

 藤堂が説明する。


 芸娘が順番に酒を注いでまわる。


 薫と環の杯にも酒が注がれた。

 「あの、お酒以外のものありませんか?お茶でもいんですけど」

 薫が近くにいた芸娘に訊いてみる。


 「あら、お客はん。下戸どすか?そやったら甘酒でも用意させまひょか」

 上品な顔立ちの芸娘である。


 薫はすっかり見惚れている。


 そこに永倉が酒瓶をぶら下げて来た。

 「明里、いいから。おめぇはサンナンさんとこいってろ」

 「永倉はん、気ぃ使わんといて」

 いいながらも、明里は立ち上がった。


 明里がいなくなると、永倉があぐらをかいて座り込む。

 「明里はサンナンさんの馴染みの女なんだよ」

 「ええっ?」

 環と薫が反射的に上座の山南を見ると、明里が山南に寄り添って酌をしている。


 「あたし・・サンナンさんって絶対オネェだと思ってた」

 「わたしもー」

 「なんだ、おねぇって?」

 永倉が訊いてくる。

 「ええと、オカマ・・じゃなくて、女の人みたいな男の人のことです」


 「なんだよ、そりゃあ。サンナンさんの喋り方がやわらけぇからか?」

 永倉がゲラゲラ笑った。

 「あの人、ああ見えても火の玉みてぇな剣技の持ち主だったんだぜぇ」

 過去形である。


 「サンナンさん、ケガで昔みたいに剣ふるえなくなっちゃったんだ」

 沖田が低い声でつぶやいた。




 「ケガ?」

 環が訊くと永倉が答える。

 「うん、まぁ。おめぇらが来る前に、大坂でな」


 薫と環は山南の方をつい見てしまう。

 その視線に気付いたのか、山南がこちらにやって来た。

 明里が後に続く。


 「何を話してるんです?」

 山南がニコニコと訊いてくる。

 顔がうっすら赤い。


 「お二人の話をしてたんですよ」

 沖田が笑いながら答えると、永倉が茶々を入れた。

 「そうそう、良い仲だってな」


 「いややわぁ、そないな話してはったんどすか」

 明里が恥ずかしそうに笑う。


 「そないなことより。新選組はんには、おなごはんの隊士の方もおったんどすなぁ」

 明里は薫と環を見ていた。


 「あたしたち、隊士じゃありません」

 「あれ、ほんなら誰かはんの良い人どすか?」

 「ち、違います」


 「明里さん。この子たちが女だってすぐ分かった?」

 沖田が訊くと明里が笑い出す。

 「わかりますえ、こないな別嬪さんに男衆のナリさせて。なんの遊びかと思いましたんえ」


 薫と環は相変わらず稽古着姿だ。


 「この2人は、女モンの着物の着方を知らねぇんですよ」

 沖田が答えると明里が驚いた顔で笑う。

 「なんどすのん、それ。着物の着方も知らんと、どやって暮らしてきたんどすのや」


 座の視線が2人に集まる。

 最近訊かれることが無くなったが、2人は隊の中で相変わらず身元不明のままだ。


 そこに突然、土方の声が頭上から降ってきた。

 「こいつらぁ、どこのもんでも関係ねぇよ」



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