第二十一話 島原
1
池田屋事件の戦功で会津藩から新選組に報奨金が下りた。
最初に乗り込んだ近藤隊と次に駆けつけた武田隊である。
「角屋(すみや)に席を設けたぞ」
近藤が朝言った。
慰労会のようなものだろう。
近藤はよく島原界隈で隊士たちをねぎらっている。
「出動隊士は全員参加、あと屯所の守備の連中もだ」
すると山南が言った。
「わたしは遠慮しますわ、近藤局長」
池田屋事件の夜、山南は前川邸屯所にいた。
「なに言っとるんです、サンナンさん。総長がいなくちゃ締まらねぇ」
山南が、わかりましたという顔をすると土方が言った。
「近藤さん、あの2人も連れてっていんじゃねぇか?」
「なんだトシ、あの2人とは」
「薫ちゃんと環ちゃんでしょ」
沖田が替わりに答える。
「あの2人は伝令の役目もしたし、現場で怪我人の介抱に当たってたんでな」
土方の言葉に近藤が頷く。
「おお、そうか。そうだな」
みなで騒ぐのが好きなのだ。
永倉にこのことを告げられて、薫と環は困惑した。
「わたしたちも?」
環は困った顔をしている。
「おめぇらも池田屋ん時に働いたからよ。土方さんが言い出したんだぜ。出ねぇわけにゃいかねぇよ」
永倉が笑いながら言った。
「安藤さんと新田さんの具合が良くないし、出かけるのはちょっと」
環が断ろうとするのを永倉が遮る。
「おめぇなぁ、この屯所で怪我人にずっと付き添ってちゃどこも出れねぇぞ。そのうち、おめぇが倒れちまう」
薫は永倉と同じ考えだった。
近頃の環は、暇さえあれば安藤と新田の部屋で籠りきりだ。
このままでは環が病気になってしまうと心配だった。
大人たちの席に参加しても気疲れするかと思うが、屯所に籠りきりの環を連れ出すチャンスである。
「少しだったら大丈夫だよ」
薫に促され、環はしぶしぶ頷いた。
2
角屋は島原の揚屋である。
置屋の輪違屋(わちがいや)には新選組隊士の馴染みの遊女が多くいる。
薫と環は一番の下座に着いた。
すると、沖田が薫の隣りに、藤堂と斎藤が向かい側の席に座った。
副長助勤だが年若い3人は自然に下座に座る。
かなりの大人数である。
全員が席に着くと、芸娘が5人障子を開けて部屋に入ってきた。
「花魁だぁ」
薫は興奮した。
「花魁は吉原の遊女だぜ、江戸の女さ。京の島原じゃあ、一番位が高ぇのは太夫ってんだ」
藤堂が説明する。
芸娘が順番に酒を注いでまわる。
薫と環の杯にも酒が注がれた。
「あの、お酒以外のものありませんか?お茶でもいんですけど」
薫が近くにいた芸娘に訊いてみる。
「あら、お客はん。下戸どすか?そやったら甘酒でも用意させまひょか」
上品な顔立ちの芸娘である。
薫はすっかり見惚れている。
そこに永倉が酒瓶をぶら下げて来た。
「明里、いいから。おめぇはサンナンさんとこいってろ」
「永倉はん、気ぃ使わんといて」
いいながらも、明里は立ち上がった。
明里がいなくなると、永倉があぐらをかいて座り込む。
「明里はサンナンさんの馴染みの女なんだよ」
「ええっ?」
環と薫が反射的に上座の山南を見ると、明里が山南に寄り添って酌をしている。
「あたし・・サンナンさんって絶対オネェだと思ってた」
「わたしもー」
「なんだ、おねぇって?」
永倉が訊いてくる。
「ええと、オカマ・・じゃなくて、女の人みたいな男の人のことです」
「なんだよ、そりゃあ。サンナンさんの喋り方がやわらけぇからか?」
永倉がゲラゲラ笑った。
「あの人、ああ見えても火の玉みてぇな剣技の持ち主だったんだぜぇ」
過去形である。
「サンナンさん、ケガで昔みたいに剣ふるえなくなっちゃったんだ」
沖田が低い声でつぶやいた。
3
「ケガ?」
環が訊くと永倉が答える。
「うん、まぁ。おめぇらが来る前に、大坂でな」
薫と環は山南の方をつい見てしまう。
その視線に気付いたのか、山南がこちらにやって来た。
明里が後に続く。
「何を話してるんです?」
山南がニコニコと訊いてくる。
顔がうっすら赤い。
「お二人の話をしてたんですよ」
沖田が笑いながら答えると、永倉が茶々を入れた。
「そうそう、良い仲だってな」
「いややわぁ、そないな話してはったんどすか」
明里が恥ずかしそうに笑う。
「そないなことより。新選組はんには、おなごはんの隊士の方もおったんどすなぁ」
明里は薫と環を見ていた。
「あたしたち、隊士じゃありません」
「あれ、ほんなら誰かはんの良い人どすか?」
「ち、違います」
「明里さん。この子たちが女だってすぐ分かった?」
沖田が訊くと明里が笑い出す。
「わかりますえ、こないな別嬪さんに男衆のナリさせて。なんの遊びかと思いましたんえ」
薫と環は相変わらず稽古着姿だ。
「この2人は、女モンの着物の着方を知らねぇんですよ」
沖田が答えると明里が驚いた顔で笑う。
「なんどすのん、それ。着物の着方も知らんと、どやって暮らしてきたんどすのや」
座の視線が2人に集まる。
最近訊かれることが無くなったが、2人は隊の中で相変わらず身元不明のままだ。
そこに突然、土方の声が頭上から降ってきた。
「こいつらぁ、どこのもんでも関係ねぇよ」