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第二十話 作為


 旅籠屋の一室でアカギシンは座ったまま考え込んでいた。


 薫と環を連れ出したあの夜から、すでに一ヶ月近くが経過している。

 あれっきり、鳥居の門は閉じたままだ。


 念のため持って来ていた金鎖を売って銭に替えたが、すでに残りも少なくなっている。

 安い木賃宿では共同の大部屋しかないのでやむを得ない。


 腕時計を操作して、部屋の中央にホログラムを映し出す。


 びっしりと数式が並んでいる。

 ICチップが埋め込まれた腕時計を使って計算を繰り返した。

 江戸時代に足止めを食った状態で出来ることが他にないのだ。


 戻らないシンを探すため、大学の研究チームから誰か来ると期待しているが、鳥居に変化はない。


 事故の原因が不明の状態では、鳥居の門が開いてもワームループするのは危険極まりない。

 座標数式に不安定現象が起きているなら、開いた門にうかつに入ればとんでもない空間に放り出される可能性もある。

 迎えが来るのを待つしかないのだ。


 しかし、これが事故ではなく作為であれば・・。

 誰かが、わざと自分を江戸時代にタイムワープさせて戻れないようにしているとしたら。


 もともとワームホールは片側通行のみで一度きりしか使えない。

 その都度に作り直さなくてはいけないのだ。


 確かにあの日、薫と環を平成時代に戻すホールの座標をシンは作成していた。

 (誰かが座標を消したのか?)


 しかし、心当たりは無い。

 自分を江戸時代に押し込めて、得をする人間などいない。


 しかも、マシンの操作が出来る人間は限られている。

 研究チームの内部の人間でなければ・・。


 シンは自分の考えを打ち消した。




 「アカギシン、どうしてるんだろう」

 部屋で環がふと言った。


 池田屋事件の後、鳥居の話もシンの名前もずっと口にしていない。

 それどころではなかったのだ。


 薫はすぐに言葉が出なかった。

 もともと薫は平成時代に身内はいない。

 施設の先生や子供達が家族のようなものだが、やはり他人なのだ。


 薫は以前よりも、元の時代に戻りたいと強く思わないようになってきていた。


 しかし環は違う。

 両親のことを思うと、こうして心配をかけている自分自身を責めてしまう。


 健康に育つこと、親と一緒に暮らすこと、平凡でも幸せになること。

 自分を育ててくれた雨宮の両親への恩返しであり、義務のようなものだ。


 雨宮の両親が実の親でないことを、環は幼い頃から自然に感じ取っていた。

 病院の看護師は、あからさまな噂話を幼い環の前でしていたものだ。


 それでも、環は両親の愛情を受けて育ったし、実の親を知りたいと思ったことも無い。

 新選組の隊士たちに親近感が強まっていても、やはり元の時代に戻りたいと強く思っている。


 薫はそんな環の気持ちを感じていた。

 「また探しに行ってみようよ。鳥居で見張ってれば、現れるんじゃない?」

 「うん、そうだね。もう少し落ち着いたら」


 いまだ池田屋事件での傷が癒えない隊士がいるため、環は屯所からほとんど出られないのだ。


 逆に薫は食料の買い出しやらで表に出られるようになっていた。

 といっても、必ず隊士の誰かが同行することなっている。


 これは、薫を見張っているのではなく護衛しているのだ。

 池田屋事件の後、過激派浪士の活動が逆に活発化しており、新選組の屯所を出入りする人間は危険だった。


 こんな状態で、環と2人で鳥居に行くなどとうてい出来ないと思った。




 今日は十番隊の見廻りに同行する日だ。

 組長の原田左之助が隊士たちに細かく指示を出している。


 見廻りに同行していると、町の人が怯えた目で隊士たちを見ていることに気付く。

 中には、あからさまな嫌悪の表情をあらわす者もいた。


 (人斬り集団)


 薫は考える。


 池田屋事件の前、自分も新選組にはとうてい居られないと思った。

 殺し合いを常としている人といたら、おかしくなると思ったのだ。


 しかし、池田屋事件から何かが変わった気がする。


 あの時、薫は死体をまたいで屋内を家探しした。

 平成時代なら絶対にそんなこと出来ないし、そもそも起こりえないことだろう。


 あの時、新選組の隊士はみな命懸けで戦っていた。

 ただの人殺しとは違うと、いまの薫は思っている。


 「どうしたい?」

 黙り込んでいる薫に原田が訊いてきた。

 「え?あ・・な、なんでも」


 「今日は何食わしてくれんだい?」

 「えーと・・まだ決めてません。材料見てから決めようかと」

 「そっか。こないだ作ってくれた親子丼つーのか?あれメチャメチャうまかったぞ」

 「そうですか?みなさん、もっとお肉や魚を食べるようにした方が良いと思います」

 「そうさなぁ、まぁみんな、メシつぶ好きだかんなぁ」


 薫はクスクス笑い出す。

 原田や永倉は、薫にとって安心できる人間だ。


 その時、顔を上げると、黒い着物を着たアカギシンの姿が通りの先に見えた気がした。

 薫はすぐに走って追いかけたが、すでにその影は人通りの向こうに見えなくなっていた。

 

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