第二話 新選組
1
暗闇に大勢の男たちがいる。
さっき通りを歩いていた小柄な町の人とは違う大柄な男たちだ。
「御用あらためだ」
先頭の一番背の高い細身の男が、低い声で言った。
月を背に立っているために逆光で顔が良く見えないが若い男らしい。
「町はずれに異様な風体の女がうろついていると聞いて来たけど」
薫と環は黙り込んでいた。
2人とも目の前の男たちが腰に差している日本刀に目が奪われている。
(・・本物?)
「あんたらでかくて、おかしなナリしてるもんで、町の人が気味悪がってんだよ。どっから来たんだ?どこ行くんだい?」
しばらく待っても2人が何も答えないと見て、若い男は溜息をつく。
「しょうがねぇなぁ。そうやって黙ってられると屯所に来てもらうしかなくなるよ」
2人は顔を見合わせたが、どちらも声が出ない。
「山野、大石」
若い男が声をかけると、2人の男が出てきて薫と環の腕を両側から抑え込んだ。
「縄はかけなくていい。一緒に来てもらうよ」
そのまま薫と環は、男たちに小突かれるように通りを連れて行かれることになった。
2
薫と環が連れて来られたのは、大きな門のあるお屋敷だった。
屋敷の中に入ると、部屋を2つ抜けた奥の部屋の前で、若い男は襖の向こうに声をかけた。
「沖田です。見廻りから戻りました」
するりと襖を開ける。
部屋の中に、男が数人座っている。
一番上座に座っているいかつい風貌の男が言った。
「おお、総司、ご苦労だったな」
「近藤さん、生け捕りにしてきましたぜ」
部屋の中の男たちがいっせいに薫と環を見た。
するどい視線で上から下まで射抜くように見ている。
「娘っこか?にしちゃあ、でけーなぁ」
「なんつーか、おっかしな着物着てんなぁ」
「女のバテレンじゃねーのか?」
「いぜん見た洋装とは違っているようだが」
「総司、この娘っこらぁ、どこのもんだ?」
近藤と呼ばれた男の左隣りに座っている眼光の鋭い男が訊いた。
「すいません、土方さん。なーに訊いても答えないんですよ。面倒だから連れて来ちゃいました」
土方と呼ばれた男が立ち上がった。
すらりとした身のこなしで、上背がある。
町にいた人間は小男と小女ばかりだったが、この部屋にいる男たちは違うらしい。
薫と環はどうしたらいいのか分からなかった。
薫は身長163cm。
隣りに立っている環も薫と変わらぬ背丈だが、ここで2人は「かなりの大女」という扱いだ。
「おい、おめぇら、どこのもんだ?生まれは?京のもんじゃねぇな。どっから来た?」
土方と呼ばれた男が腕組みをして喋りながら近づいてきた。
「・・・」
2人は答えなかった。答えられなかった。
「なるほど。言えねぇ事情があるらしい」
男の目の奥から探るような強い光が放っている。
2人は恐怖感を覚えた。
「まぁまぁ」
近藤の右隣りにいる柔和な顔立ちの男が座ったまま割って入る。
「土方さん。今日はもう遅いし詮議は明日でもいいんじゃないかしら?」
「サンナンさん」
土方の不満げな表情とは対照的に、サンナンと呼ばれた男はにこやかだ。
「そうだな、トシ。今日はもう遅い。詮議は明日でもいいだろう」
近藤が仕方なく言うと、土方は無言で席に着いた。
廊下で遣り取りを聞いていた沖田があくびをしている。
「オレぁもう眠いんで、部屋戻ってやすませてもらいますよ」
「総司、おめぇが連れて来たんだろうが、この2人。おめぇが部屋まで連れていけ」
「えー?面倒くさいなぁ」
苦虫をかんだような顔で沖田は言ったが、土方に睨まれると仕方なく肩をすくめて2人に着いてくるように顔を向けた。
3
案内された部屋は布団が山積みになった狭い部屋だった。
沖田はさっさといなくなったので、2人は暗い部屋にポツンと残された。
「くさい」
環は鼻に手をあてて顔を歪めた。
魚のような生臭い匂いが部屋中に広がっている。
それは部屋の中を薄暗く灯す行燈の匂いらしかった。
「これ魚油だ」
行燈の油皿を覗きながら薫が言った。
料理人志望なので食材や調味料には比較的くわしい。
「それで生臭いんだ。さっきの部屋はこんな匂いしてなかったけど」
「油が違うんだろうね」
2人はしばらく無言になったが、環が先に口を開いた。
「さっきの人、沖田総司って。それに土方とか近藤とか」
それは幕末に名を馳せた新選組の隊士の名前として余りにも有名だった。
「・・・まさか本物じゃないでしょ」
「コスプレ集団とか、本格的な仮装パーティーとか」
「なんとかドッキリとか」
どれも可能性としては低かった。
この夜は薫や環が知っている暗さではない。
電気の光が無いのである。
「本当に江戸時代にタイムスリップしたとか」
環が言うと、薫が無言で環を見つめた。
「鳥居に引き込まれる前はいつだった?どこにいたの?」
「M市。平成25年9月20日」
薫の質問に環が淡々と答える。
「・・・あたしH市。平成25年4月12日」
「・・・・・」
場所も時間も違うところにいた2人が、江戸時代の京の町と思われる屋敷にいる。
この状況下で、薫はひとつだけ良かったと思えることがあった。
唯一の仲間である環がヒステリックに泣いたり喚いたりせず、比較的冷静でいてくれることだ。
薫自身、泣いたり他人を頼ったりメソメソすることをしないタチである。
なるようにしかならない、この考えで今まで生きて来ていた。
「とりあえず寝ようか、雨宮さん」
この混乱した夜が明ければ、すべてが元に戻っているかもしれない。
「環でいいよ。同じ年でしょ?」
答えると環は制服から夜着に着替え始めた。
沖田がいなくなる前に置いていった、旅館にあるような浴衣である。
「わかった。あたしも薫でいいから」
そう言って薫も着替え始めた。
「おやすみなさい」
2人は同時にそう言うと、生臭い匂いのする行燈の灯を吹き消した。