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第十九話 夜明け


 「大丈夫ですか?」

 環の問いに沖田は軽く笑った。

 「なんともねぇよ」

 口元に乾いた血の跡がある。


 環は何も言わなかった。


 ほかに重症の隊士がいる。

 安藤と新田は出血が止まらず倒れたままだ。


 「夜が明けるまでは動くんじゃねぇぞ」

 土方が現場の隊士たちに命じた。

 「下手に動くと生き残りの連中に闇討ちされるかもしれねぇ。今夜はここで夜明かしだ」

 市中では、会津藩と桑名藩と彦根藩が新選組と残党狩りをしている。


 環が安藤と新田につきっきりだったので、その分薫が動いてまわった。


 「永倉さん、怪我してるじゃないですか」

 永倉の左手から血が流れているのを薫が目に留めた。


 近寄ると親指の付け根に深い裂傷がある。

 「なんでもねぇよ、こんなもん」

 ぶっきらぼうに答えるが、手が赤黒く変色している。

 「ダメですよ、消毒しなきゃ。バイキン入ったら大変ですから」


 永倉はこの場にいる隊士の中で、もっとも激闘の跡がうかがえる姿だった。

 袖は擦り切れて着物のあちこちが刀で切られている。

 隊服は返り血でドス黒く染まっていた。

 むき出しの腕はいくつも打撲の痕がある。


 薫は永倉の手を酒で消毒した。

 傷に沁みるのか目を細める。

 チッと舌打ちするのが聞こえた。




 誰ひとり一睡もせずに夜が明けた。


 「明るくなってきたな」

 土方が立ち上がる。


 監察に出ていた川島が戻って来た。

 「会津、彦根、桑名藩に死傷者が出ています」

 市中掃討の残党狩りがいまだ続いている。

 「そろそろ片が付く頃だろう」


 その後も待機を続け、昼前になってやっと屯所に引き上げることになった。

 沿道には大勢の見物人が集まっている。


 明るくなると隊士たちの凄惨な姿は際立って見えた。


 この池田屋事件で新選組はその名を轟かせ、同時に攘夷派の憎しみを背負うことになる。


 沖田は翌日熱で寝ていたが、次の日には起き上がっていた。

 藤堂は2日安静にしただけで、すぐに回復の様子を見せた。


 永倉と原田と斎藤は、休まずに動き回っている。

 薫と環は逃げ出したことを忘れたように隊士とともに働いていた。


 山崎が安藤と新田の看護にあたっている。

 「どうだ?」

 原田は頻繁に2人の様子を見に来ていた。

 「良くありませんね」

 隣りにしゃがんだ原田に山崎が答える。


 「山崎」

 「なんですか?」

 「助からねぇなら苦しませるこたぁねぇ。そんぐれぇならオレが引導渡す」

 山崎はなにも答えなかった。


 新田の腕は環が行った緊縛止血法で血止めをしているが、もし助かっても腕は使いものにならない。

 安藤は首に受けた刀傷がすでに膿んでいた。


 環が様子を見に来ると、2人はどんどん悪くなっていくように見えた。


 輸血も抗生物質もない時代、人は簡単に死んでいく。

 ただ見ているしかできない自分に、環は歯噛みしていた。




 薫は沖田のおかゆを作っていた。

 今日はためしに卵を入れてみる。

 馴染みのない料理は作らないようにしていたが、滋養のあるものを食べさせたかった。


 おかずは里芋の煮ころがしである。

 里芋の煮ころがしは、隊士がみな喜んで食べるので大量に作っておいた。


 「朝ごはんです」

 部屋に行くと、沖田はもう着替えていた。

 「おはよう、薫ちゃん。またおかゆ?すっかり病人扱いだねぇ」

 クスクス笑いながら、薫の運んできた膳の前であぐらをかく。


 「これなんなの?黄色いの」

 「鳥の卵です。栄養つきますから」

 「鳥の卵?」

 沖田はうぇっと言う顔をした。


 「そんな顔しないで、食べてみてください」

 薫が勧めると、いやいや箸をつけてすすってみる。

 「・・おいしいや」

 驚いた顔をしている。

 「良かったぁ、いっぱい食べてください」

 薫がほっとした顔で笑った。


 沖田は不思議だった。

 薫の顔を見ると、食欲が無くても食べなくてはいけない気になる。


 自分に妹がいたら、こんな感じかもしれない。

 薫や環といると、近頃そんな風に思えてくる時があるのだ。


 朝ごはんはきれいにたいらげた。

 

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