第十八話 負傷
1
沖田は近藤と永倉に、藤堂は斎藤と原田に支えられて、表口から出て来た。
土方が近寄って確かめる。
「総司、おめぇ血を吐いたのか?」
「え?・・ああ、口の中ぁ切っちゃって」
沖田が笑って受け答えするのに安堵する。
「平助の怪我がひでぇな」
土方は、薫と環の方を振り返った。
「おい、こいつらの手当してやってくれ」
環は頷くと、弾かれたように駆け出す。
藤堂の額の傷は開いたままで、血が滲みだしていた。
目に入った血液が固まって、瞼を開くことができない。
「どこかでお酒と水と布もらえないかな」
環の言葉に薫が頷く。
「分かった、なんとかする。待ってて」
薫は沿道で見物している野次馬に声をかけた。
「すみません、お水を」
声をかけると、皆すぐ逃げ出して行く。
薫は諦めて、池田屋の建物の方に顔を向ける。
(あの中だったら・・)
薫は池田屋の前にいる隊士たちをかき分けて、建物の門をくぐった。
2
屋内の惨状はひどいものだった。
あらゆるものがひっくりかえって、床にぶちまけられている。
床も柱も天井まで血が飛び散り、刀の創跡が付いてた。
着物姿の死体が転がっている。
上を見上げると、階段や二階の手すりにも死骸がのっていた。
「・うっ」
凄まじい血と汗の匂いで、吐き気がこみあげる。
薫は吐き気をこらえて、死体を踏まないように炊事場に進んだ。
炊事場の奥につるべがある。
水が汲めるはずた。
棚を開けてみると酒の瓶が並んで倒れている。
「あった!」
あとは布である。
食器を拭く布でもいいと思って探していると、後ろからうめき声がした。
「おのれ・・」
振り返ると、死体だと思った男が立ち上がろうとしている。
男は頭を振っている。
おそらく気を失っていただけなのだろう。
「・・おのれぇ」
男が刀を振り上げた瞬間に、男の胸から血が噴き出した。
薫の目の前で、男の身体が前のめりに倒れこむ。
斎藤が立っていた。
いつの間に後ろにいたのか、男の身体から刀を引き抜いている。
「うろちょろすると危ねぇと言ったはずだぜ」
3
刀を鞘に納めると、斎藤が強い口調で言った。
「勝手に入るんじゃねぇよ」
薫がガチガチと震えながらも言い返す。
「お、お酒とお水と、布が必要だから・・手当するのに」
斎藤が薫を見つめた。
「それでこんなとこに入り込んだのか。いいタマだなぁ、あんた。女にしとくにゃおしいぜ」
薫の脇を通り抜けて奥に進むと、つるべを引っ張って水を汲み始めた。
「何やってんだ。あんたもさっさと使えるもん探せよ」
その声に弾かれたように、薫は我に返った。
棚の中を探すと、手拭が重なってしまわれている。
斎藤は水瓶を、薫は酒瓶と手拭を持って表に出る。
「環、おまたせ」
環は藤堂の額の傷口を酒で消毒して、薫に布で押さえるように言った。
顔についた血を、濡らした布で丁寧で拭く。
藤堂が薄く目を開いた。
「見えますか?」
環の問いに藤堂が頷く。
「・・ああ、ざまぁねぇな」
「動かないで下さい。額の傷が深いんです。目は大丈夫そうですね。額の血が入ってただけみたい」
藤堂は黙ってまた目をつむった。