第十七話 終焉
1
「わたし池田屋に行く」
環が言った。
土方たちの姿はもう見えなくなっている。
「えっ、環・・?」
薫が驚いた顔で見た。
「薫は屯所に戻って」
そう言い捨て、環は土方たちが消えた方向に走り出した。
「環、待って。あたしも行く」
薫も環の後に続く。
環の頭に浮かんでいるのは、テレビドラマの時代劇だった。
池田屋襲撃で、新選組の剣士沖田総司が血を吐いて倒れるシーンがある。
あれは史実なのか、フィクションなのか。
走り続けてまもなく、水色の隊服が大勢ひしめき合っている通りに着いた。
息が切れて足がふらつく。
近づくと、大勢の隊士の向こうから土方の声が聞こえる。
「中への手出しは無用だと言ってる」
「何を言う、われらは」
「隊服着てねぇやつが入ったら斬られるぞ」
「うぬ・・」
「会津藩と桑名藩には外の警備に回ってもらいたい」
押し問答をしているのは、古めかしい集団の先頭にいる男だ。
振り返った土方の目に、環と薫の姿が目に入った。
「てめえら、なにやってんだ!屯所に戻れと言ったろうが!」
土方の怖ろしい形相にも怯まずに環が答える。
「あの・・沖田さん血を吐いて」
土方の顔から一瞬表情が消えた。
2
土方隊が池田屋に到着した時、屋内で戦っているのは近藤と永倉だけになっていた。
生き残りの志士たちが、逃げ出そうといっせいに裏口に回る。
正面手前に永倉がいるため、裏口しか逃げ道がない。
裏門に待機する新選組の隊士に、死にもの狂いで斬りかかる。
真正面から斬りつけられて、隊士の奥沢が倒れた。
安藤と新田が逃げ出そうとする志士たちの刀を抑え込んでいたが、数人の剣先を抑えきれずに弾かれる。
裏口から逃げ出した3人の前に、槍を手にした原田が仁王立ちで塞いだ。
「逃げさねぇよ」
ヒュルヒュルと槍を振り回すと、2人続けざまに斬り伏せ、残る1人は串刺し状態に突いた。
「安藤、新田!無事か?」
「原田組長、奥沢さんが・・・」
原田が奥沢を見る。
首に手を当てると絶命してることが分かった。
立ち上がると2人に言った。
「おめぇらも傷が深ぇな」
安藤は首から耳元まで血で真っ赤だった。
新田は左腕を深く斬りこまれている。
「あとはまかせろよ」
そう言って原田は、裏門から中庭の方に入って行った。
3
斎藤が正面入口から中に入ると、永倉と近藤がいまだ奮戦していた。
「おい」
永倉に斬りこもうとする男に声をかけて振り向かせると、袈裟がけに斬る。
急所をわざと外した。
「斎藤、遅かったじゃねぇか」
「表に土方さんがいます。あとはもう生け捕りにしろって」
「へっ。っていうかもう斬れねぇよ」
永倉の刀は人骨と肉を斬ったために、刃こぼれと脂でほとんど斬れなくなっていた。
「ここ頼むぜ、斎藤。近藤さんと総司んとこ見て来らぁ」
斎藤が頷くと、永倉が振り返って言った。
「平助が中庭で倒れてる」
永倉が階段を登っていなくなると、中庭から男が転がるように入って来た。
裏口から逃げようとして、失敗して戻るはめになったのだ。
斎藤は男を見ると、一瞬で刀を振り降ろす。
耳を切られた男が、悲鳴を上げて床に転がった。
中庭に出ると、原田が槍で男の胸を突いている。
男はうめき声をあげて倒れこんだ。
「左之さん、殺しちゃいかんでしょう」
「死んじゃいねぇよ。そんな深く突いてねぇ」
「平助が倒れたって」
斎藤が中庭を見渡した。
「そこに寝てる」
原田が顔を向けた先に、藤堂が気を失ったように倒れていた。
「近藤さんたちは?」
今度は原田が訊く。
「新八っつぁさんは無事でしたけど」
斎藤が答えた時、近藤と永倉が沖田を間に挟んで中庭の入口に立っていた。
沖田は2人の肩に支えられて立っているが、頭をグッタリもたげている。