第十五話 池田屋
1
表と裏を隊士で固めて、近藤、沖田、永倉、藤堂の4名が池田屋の門の前に立った。
ガラリとあけると近藤が声を上げる。
「新選組だ。御用あらためである」
亭主の惚兵衛が仰天して、慌てて階段下から二階に向かって大声で叫んだ。
「お二階の方々、お役人の見回りでございます」
言い終わる前に、近藤が亭主を突き飛ばして土間から踏み込む。
二階の部屋から、大勢の男達が刀を手にして、廊下に出てきていた。
沖田が真っ直ぐ階段を駆け上がり、近藤がそれに続く。
猛然と斬りかかる1人を沖田が一刀で斬り伏せると、足元に死骸が転がる。
2階に駆け上がると、廊下は狭く屋根が低い。
人数が多くても1人ずつでしか斬りかかれない。
剣を振り回すと、柱や桟に当たって動きが取れなくなる。
沖田の突きが効果的だった。
奇声を上げて斬りかかる男達を、落ち着いて片づけていく。
1階では永倉と藤堂が奮戦していた。
永倉は門から逃げようとする男たちを、手前の炊事場で待ち構える。
藤堂は中庭に出て、数名の男たちと剣を交えていた。
2階から逃げようとする男を、階段で待ち構えていた近藤が斬り伏せる。
血が飛び散り、死骸が転がる惨状で、戦闘は続いた。
「肥後藩、宮部鼎蔵ばい。わりゃあ新選組、相手ばなったい!」
2階の奥の部屋で、名乗りを上げた男が猛然と剣を奮ってきた。
沖田はいったんかわすと剣を構える。
「新選組、沖田総司。参る」
2
その頃、薫と環は歩き疲れてヘトヘトだった。
「どうしよう、寝るところが無い。お金持ってないし」
声がかすれている。
「お寺とかで泊めてくれないかな?」
「京都だったらお寺なんてたくさんあると思うけど」
灯りがたくさん灯っている祇園界隈で立ち往生している。
夜になると人気の少ない通りの方が危険だ。
行く宛てもなく歩き回って、足が棒のようになっている。
その時、通りを走る男が環とぶつかった。
「痛っ」
ぶつかって来た男の顔を見ると、それは山崎だった。
町人風の恰好をした山崎が、驚いた目で2人を見る。
「なんだ、あんたらまで駆り出されたのか」
「え?」
「ちょうど良かった。屯所に戻るんだったら、先に山南さんに伝えてくれ。ホシは池田屋だ」
「池田屋?」
環がオウム返しに訊いた。
「途中で隊士に会ったら、誰でもいいから同じく伝えろ、いいな」
環が反射的に頷くと、そのまま山崎は通りを走って姿を消した。
「池田屋ってなに?」
薫が環に訊くと、環が見たこともないほど険しい顔をしている。
「今日、池田屋事件の日だったんだ」
「なんなの?池田屋事件って」
薫は訊いたことがあるような気がするが思い出せない。
「新選組が討幕派の志士を多数討ち取った歴史上の事件」
環が答えると、薫が言った。
「どうする?山南さんに伝えてって」
山崎は思いもしないようだったが、2人はその屯所から逃げ出して来たのだ。
少し考え込んで、環が言った。
「屯所に戻ろう。山南さんに伝えなきゃ」
「うん、わかった」
薫は頷いて、屯所への道を訊こうと周りを見回した。
すると通りの向こうに、水色の隊服が大勢動いて来るのが見えた。
3
「土方さんだ!」
薫が小さく叫ぶと、2人は走り出す。
「土方さーん!土方さーん!」
大声で呼びかけると、土方が声に気付いたようだった。
2人が駆け寄ると驚いた顔をしている。
「何やってんだ、てめぇら、こんなところで」
強い口調で訊いてくるのに答えず、2人が言った。
「ホシは池田屋です」
全員目を向いた。
「山崎さんからの伝言です。山南さんにも伝えてくれって」
「本当か?それは」
斎藤の問いに環が答える。
「本当です。さっき山崎さんとそこで会って頼まれました」
「山崎さんはどうした?」
「向こうに走って行きました」
「武田隊に報せに行ったんだな」
原田が言うと、土方が隊士を一人呼びつけた。
「尾関、屯所に戻って伝えろ。会津藩の応援を至急呼べと」
「わかりました」
「あとは全員池田屋に行くぞ!」
隊士がみな声を上げた。
「おう!」
薫と環を見ると、土方が声をかけた。
「ごくろうだったな。おめぇたちは屯所に戻れ」
薫と環が黙ってると、もう2人にかまわず隊は進んで行った。