第十三話 鳥居
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枡屋の主人が攘夷志士の古高俊太郎であることは調べがついている。
新選組が踏み込む目的は、倉庫に隠された武器弾薬の押収と古高の捕縛だ。
不意を突かないと逃げられる。
土方は隊士の数をギリギリまで絞った。
(こいつぁまだ本命じゃねぇ。大捕物はまだ先だ)
長州系間者の元締めをしている古高を締め上げれば、過激派の企てと身元が判る。
枡屋の周囲で張り込んでる山崎たちが動いたのは、夜が更けてからだった。
ドンドンとたたかれる扉の音に起こされて出てきた使用人に一言かけると、いきなり中に押し入った。
「御用あらためだ」
古高は寝入っていた。
「起きろ、古高俊太郎。上意により詮議する」
慌てて起き上がった時には、すでに新選組の隊士に囲まれていた。
倉庫の武器弾薬は抑えられ、中から山崎が連判状を見つけ出した。
屯所に連行された古川は、土方から壮絶な拷問を受け自白を強要された。
「京の町に火をつけて天子様を長州に連れ去る計画らしい。中川宮と会津中将を殺害してな」
早朝、幹部を集めた部屋で、近藤が重々しく言った。
「本気ですかぁ?」
沖田はいつもと変わらないあっけらかんとした口調だ。
「頭がおかしいんだろう、連中」
土方がムッツリと答える。
「本気だろ、血判書あるし」
無表情に斎藤が言った。
「古高が捕縛されたとなれば、向こうも慌てるでしょうね。危険だわ」
山南が目を細める。
「血判書に載ってる連中、全員締め上げるか」
永倉の言葉に土方が続けた。
「締め上げるならまとめてだ」
全員が土方を見た。
「連中が集まったところで、一斉に捕縛だ」
原田があぐらにひじをついて訊く。
「いつ、どこに集まるんで?」
「連中の常宿は四国屋と池田屋だが、古高が捕まったとなっちゃ場所を変える可能性が高ぇ」
「・・つまり、分からねぇんですか」
藤堂が拍子抜けした声を出す。
「そういうことだな。シラミ潰しに探すしかねぇ」
全員顔を見合わせた。
「しかしトシ、それじゃあ戦力が分散されるってもんだ」
近藤が口を挟む。
「近藤さん。隊は4つの部隊を分ける。四国屋と池田屋に張り込む部隊、祇園界隈を北から南と東から西に探索する部隊だ」
「なんかあてずっぽうだなぁ、博打ですね」
沖田が言った。
2
「連中は必ず近いうちに集まる。今夜にも」
土方の言葉で計画が決まった。
その日、薫と環は沖田に言われた通り部屋に籠っていた。
薫と環がいるのは八木邸の屯所で、古川が捕えられたのは前川邸の屯所である。
拷問は前川邸の倉庫で行われ、押収された武器弾薬は前川邸に運びこまれてた。
おかげで八木邸の屯所は、普段より人が少なくなっている。
普段、薫や環のところに暇つぶしに来ている隊士も今日は姿を見せない。
隊士が出たり入ったりで、慌ただしい空気だ。
薫は物騒な場所から逃げ出したいが、沖田に部屋から出るなと言われて動けない。
自分でもそこが不思議だった。
環はつとめて普段と変わらない素振りで、思い切って薫に言ってみる。
「今日、人がいないね」
「うん」
「アカギシンを探しに行く?」
「え?」
「今日なら出られそうだから。薫、ここから出たいんでしょ?」
確かに今日なら誰も薫と環のことに気を留めていない。
いなくなってもおそらく気付かないだろう。
薫は考える。
ここから出てアカギシンを探す。
でももし見つからなかったら?
江戸時代の京で、環と2人で彷徨うことになったら?
薫は煩悶したが、それでもここにいるよりはいい。
何をしても生きていく強さが薫にはある。
しかし血の匂いがする戦場は自分がいるところではない。
「行こう。なんとかして元の時代に戻らなきゃ」
薫が言うと環も答えた。
「日が暮れたら抜け出そう」
3
八木邸の屯所は、ますます人少なになっていた。
主だった隊士はすべて、探索と聞き込みに奔走している。
残っているのは、屯所への襲撃に備えるための人員と、怪我人と病人だけである。
山南も前川邸の屯所に詰めていた。
薫と環はこっそりと部屋から様子を伺った。
「大丈夫、誰もいない」
環の声が低く響く。
「よし」
2人は廊下から庭に出ると、様子を伺いながら裏側に回った。
庭には誰もいない。
「ほんとに人少ないね」
以前、逃げた時に使った縄梯子はもちろん無くなっているが、替わりにロープもどきを作ったのだ。
布団の生地を紐状につないで、途中で足場にするための大きなコブ結びをつけている。
庭木をよじ登って塀に上がると、ロープもどきを庭木に引っ掛け、塀の外に垂らす。
1人ずつ塀の外に降り立つ。
簡単に成功した。
あとはひたすら走るだけだ。
新選組の屯所がどんどん遠のく。
目指すのはあの鳥居だが、提灯を持たない2人は町から出て灯りが減ると、自然に足取りが遅くなった。
鳥居は町から離れた麓の近くにある。
アカギシンがこの時代にいるなら、必ず鳥居の近くにいるはずだ。
薫と環は、握り飯を包んだ風呂敷を肩に巻いている。
屯所の台所から失敬して作ったのだ。
月明かりを頼りに、黙々と進んで行く。
やがて草むらを抜けると、大きな鳥居が見えてきた。
「あった!」
2人は息を切らしながら叫んだ。