表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/122

第百二十話 涙


 沖田は部屋で刀の手入れをしている。


 山南に少しでも痛みを与えたくない。


 目を伏せると、思わず息をつく。

 もともと介錯は好きではない。

 動かない対象を斬るのが、性に合わないのだ。


 だが・・山南の頼みだ。

 おまけに・・以前、口約束で山南の介錯を軽く引き受けてしまっている。


 「総司、入るぞ」

 返事をしないでいると、土方が障子を開いて部屋に入って来た。

 「準備はできたか?」


 「ええ・・」


 「近藤さんたちが、向こうの部屋で待ってる」


 「わかりました」

 そう言って、沖田は立ち上がった。


 土方の後に続いて廊下を歩いていると、さっき振り始めた雪が薄く積もって白い雪景色になっている。


 山南が仙台の出身であることを思い出す。

 (北国は、雪が深いよな)

 雪が降って良かったと、沖田は思った。


 そして・・

 山南の切腹は、見事なものだった。

 沖田の介錯も。


 山南は片腕に後遺症を残してると思えない刀さばきで、腹に突き立てた刀を真横に引いた。


 「首を落とすのはギリギリまで待ってね」とクギをさされた沖田は、山南の手が動かなくなるまで刀を降ろさなかった。


 皮一枚残した状態で首を斬り落とした後、畳に転がった頭についている開いたままの目を沖田は見ていた。


 伊東が白い布をかぶせて山南を悼む歌を詠むと、やっと目を離すことが出来た。


 (極楽なんてホントにあるのかなぁ・・わかんねぇや)

 その場に立ち尽くしながら、そんなことを考えていた。





 山南の切腹が終わった後も、沖田は涙ひとつ見せなかった。


 永倉と原田は、部屋に籠って号泣している。

 藤堂と斎藤も、部屋で泣いているらしい。


 土方は無表情のままだった。


 「総司・・」

 土方が声をかけるが、沖田は応えず部屋に戻っていった。


 沖田の後を追った土方が障子に手をかける。

 「入るぞ」

 言うなり、スラリと開けた。


 沖田は・・ボンヤリ目を開けたまま柱に寄りかかっている。


 「・・・」

 どう声をかけたものか思案した。


 結局、一言だけ言って部屋を後にする。

 「総司・・今日はもう休んでいい」


 しばらくすると、玄関で外履きを履く沖田の背中をみつけた。


 「総司・・どこに行く?」

 普段なら詮索もしないが、今は沖田のことが心配だった。


 もう陽は暮れている。


 「ちょっと出かけてきます」

 立ち上ると、羽織を手にする。


 玄関の灯篭に照らされた沖田は、ヒドイ顔色をしている。

 土方は直感的にヤバイと思った。


 「どこに行く?」

 もう一度繰り返す。


 沖田が羽織を肩に引っ掛けて振り返った。

 「オンナを抱きに」


 意外な言葉に土方は驚いたが、顔には出さなかった。


 「門限までには戻れよ」

 一言だけクギを指した。


 「わかってます」

 そう言って、玄関から出て行った。





 フトン部屋で薫と環がまんじりとしていると、いなくなっていたシンが戻って来た。


 「サンナンさんの切腹がさっき終わった。介錯は沖田さんがしたらしい」

 そう言って、後は黙ってしまった。


 薫は思わず耳を塞いだ。

 頭を抱え込む。


 昨夜、山南と沖田と3人で大津の宿で料理を食べたことを思い出す。

 目から涙がドンドン溢れて来る。


 頭に山南と過ごした時間が、次から次に蘇る。

 "走馬灯のように"という言葉を、初めて経験した。


 環の嗚咽が耳に入ってきて、余計に苦しくなってくる。


 シンは黙ったままだ。


 なぜ山南が死なねばならないのか、皆目理解できない。

 なぜ腹など切らねばならないのか。


 シンが言った通り・・"この時代の人間を理解することができない"のだ。


 環は座ったまま、両手で顔を覆っている。

 指の隙間から、涙が流れて手の甲を濡らす。

 肩を震わせ、声を上げないように堪えているらしい。


 しばらくしてから、環が顔を上げてポツリと言った。

 「笛、吹いてもいい?」


 薫がゆっくり顔を上げる。


 「いいよね。みんな・・前川邸に行っちゃって、こっちには誰もいないみたいだし・・怒られないよね」

 そう言って、立ち上がる。


 部屋の隅の荷物入れから篠笛を取り出すと、壁の隅に立って歌口に唇をあてた。


 流れるメロディーは「木蘭のナ○○」だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ