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第百十九話 雪


 何度訊いても、山南の答えは変わらなかった。


 "隊を脱けようとした"


 脱走は局中法度で切腹である。

 (正当な理由のある離隊は処分にならない)


 近藤も土方も、山南を粛清するのはなんとしても避けたい。

 心情的にも・・政治的にも・・。


 だが、山南の態度は頑として変わらない。


 前川邸の一室で、土方と山南が向かい合わせで座っている。


 「サンナンさん・・あんたオレを恨んでるか?」

 土方が訊くと、山南が訊き返す。

 「なにを?」


 「・・・」


 「実戦で使い物にならなくなったわたしが新選組にいられたのは・・土方さんのおかげですわ」


 外は雪が降り始めている。


 土方は茶をすすった。

 尋問ではなく、まるで休憩でも取っているような雰囲気だ。


 部屋の外に見張りはいない。

 土方が"不要"と判断した。


 「だったら・・他に理由あんだろ?屯所の件か?それとも・・」


 「土方さん」

 山南が土方の言葉を遮った。

 「わたしも・・自分でも理由が分かっていないのかもしれません。ただ"抜けたかった"・・それだけです」


 山南の脱走の理由は最期まで不明だった。


 コレといった理由があったのではなく、少しずつ降り積もった雪が柱をへし折るように、積み重なった何かが心を押しつぶしたのかもしれない。





 山南の切腹は、その日すぐ行われることになった。

 本人が「できればすぐに」と希望したのだ。


 介錯人は沖田総司。

 山南の指名だ。


 立会人は、近藤(局長)、土方(副長)、伊東(参謀)。


 山南の切腹を聞いて、永倉がコッソリ部屋に訪ねて来た。

 「もう一度逃げてくれ」と、最後の頼みに来たのだ。


 だが・・死を覚悟している武士の耳に届く言葉ではない。


 山南は首を横に振ると、永倉に明里への言伝だけを頼んだ。

 「年季が明けたら、郷(くに)に帰ってふつうに所帯を持つように」と。


 永倉の目には涙が滲んでいる。


 前川邸の屯所が沈鬱に沈んでいる頃、八木邸に戻った薫はフトン部屋でまんじりとしていた。


 山南の処遇が気にかかる。


 「薫・・」

 環は目が充血している。

 昨夜、江戸時代に来て初めてひとりきりで夜を過ごしたため眠れなかったのだ。


 「サンナンさん・・どうなるんだろ」

 環のつぶやきに、薫が低い声で答える。

 「ダイジョーブ・・サンナンさんがどうかされるわけない。エライ人だもん」


 そこに障子がスラリと開いた。

 シンが立っている。


 「山南敬助は切腹するよ」


 シンの機械的な声がフトン部屋に低く響いた。





 「・・シン?」

 薫が立ち上がる。


 シンに詰め寄ると、両腕を掴む。

 「サンナンさんが切腹って、なによ?」


 「言葉通りだよ。山南敬助は脱走して・・局中法度により切腹する。オレが知ってるのはそこまでだ」

 シンは変わらず機械的な声だ。


 「・・っ!知ってたなら、なんで止めなかったのよ!?」

 薫が掴んだシンの両腕をゆする。


 シンが眉をひそめる。

 「サンナンさんが自分で決めたことだろ。あの人の人生に土足で立ち入る気は、オレにはねぇよ。未来のこと知ってりゃ、人の運命変えられるなんて本気で思ってんのか?」


 「薫・・」

 環が後ろから薫の肩に手を添える。


 薫はシンの両腕を離すと、横をすり抜けて廊下に出ようとした。


 その薫の腕を、シンがガシッと掴む。


 「どこ行く気だ?」

 シンの問いに、薫が小声で言い返す。

 「前川邸。・・はなして」


 「はなさねーよ」

 シンが薫の腕をグイッと引っ張る。

 「行ってどうすんだ?」


 「どうって・・」


 「お前に、この時代の人間を理解することはできねぇよ」

 シンは薫の腕をさらに強く掴む。

 「ぜんぜん違うんだぜ。・・見てきたものも、聞いたことも、教えられたこと全部」


 環が後ろから薫の肩を抱く。


 「"散り際が肝心"、"名誉の切腹"、そんな言葉を本気で信じてるんだ、武士ってやつは。お前に分かるかよ、それが」

 シンは吐き捨てるように言った。

 「オレたちの出る幕はねぇよ。分かったら・・コトが終わるまでここでじっとしてろ」


 シンの言葉を頭上に受けて、薫はその場に力無く座り込んでしまった。




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