第百十八話 帰路
1
「うわっ」
小さい声を上げて、沖田が布団から半身を起こす。
「うう~ん・・」
薫はうなるが、目を覚まさない。
完全に沖田の布団を我物としているようで、ガッチリ掴んで離さない。
暗闇で沖田はひとり、どうしたものかと思案する。
薫の身体をかけ布団ごと静かに転がしてみる。
薫のかけ布団と自分のかけ布団を交換する作戦だ。
ところが、薫はすぐにまた沖田の敷き布団の上にコロコロと戻って来る。
(ジョーダンじゃねぇー・・)
沖田は自分のそばにペッタリくっついてる薫を見下ろす。
向こうに山南が寝ているが、整然と身動きせず静かな寝息を立てていた。
(サンナンさんがいて良かった・・いなかったらオレ)
もうこの布団で寝ることは諦めた。
薫に明け渡すしかない。
沖田が四つん這いで布団から出ると、それを待っていたかのように薫は沖田の布団の真ん中に陣取ってスヤスヤ寝入ってしまった。
しかたなく沖田は、空いた薫の布団で寝ることにした。
真ん中の布団に入ってしばらくすると、またすぐそばで寝息がする。
(え?)
横を向くと背中にまた薫がピッタリくっついている。
(えええー!?)
慌てて身を起こす。
薫がまたそばにくっついて、かけ布団をガッチリ掴んでいるのだ。
(なんなんだコイツ・・異人じゃなく、ヘビかなんかの化身じゃねーのか?)
キョーミ無いはずのオカルトネタが、沖田の頭を横切った。
2
翌朝、厠に行きたくなって早めに目が覚めた薫は、ネボケまなこで廊下に出るとグニャリと生き物を踏んづけてしまった。
「きゃ!」
「イテ!」
薫の悲鳴に、別の声が重なる。
見るとなぜか廊下に布団が敷かれて、そこに沖田が寝ていた。
薫が踏んづけたのは、沖田の足だった。
「いってーな・・」
沖田がネボケまなこで起き上がる。
「お、沖田さん?なんでこんなトコで寝てんですか?」
薫が見下ろすと、下から沖田に睨みつけられた。
「・・オメーのせいだろーが!・・ったく」
ぶつぶつ言いながら立ち上がる。
沖田は、廊下の布団をズルズル引っ張って部屋に運ぶ。
すると、山南も目をこすりながら起き上がった。
「なんの騒ぎなの?」
「おはようございます」
沖田が低いテンションで挨拶する。
「ゆうべ、悪夢に襲われちまって」
沖田の言ってることはゼンゼン分からないが、薫はとりあえず厠にダッシュした。
部屋で2人きりになると、沖田がアクビしながらつぶやく。
「サンナンさん・・さっさと逃げてもらえませんか?」
山南が着替えの手を止める。
振り向いてニッコリ笑った。
「逃げるってどこへ?いまさらどこへも行けないわ」
薫が厠から戻ると、すでに山南と沖田は着替えを済ませていた。
3
宿の朝飯をいただいてから、沖田と山南と薫は京へ戻る道に着いた。
山南も馬で来ていたので、2人と1人で馬に乗っての帰路である。
昼になる前には屯所に着いた。
門の前には、土方を始め・・幹部が並んで待っている。
どうやら夜通し交代で待っていたらしい。
「お騒がせしちゃったわね」
山南がイタズラっぽく言うと、土方が無表情に応えた。
「・・ああ」
馬から降りた山南が土方の前に立つ。
「どこに行けばいいの?東の倉かしら?」
山南が笑って言うと、土方が眉をひそめる。
「・・奥で近藤さんが待ってる。来てくれ」
土方と山南が、連れだって玄関に入って行った。
それを永倉と原田が見送る。
(藤堂と斎藤は夜通し門で待っていたので、仮眠を取っていた)
「まさか、ホントに切腹させんじゃねーだろーな」
永倉がつぶやく。
「・・・」
原田は腕を組んで黙ったままだ。
馬から降りた沖田が、馬上の薫に手を伸ばす。
沖田の肩に掴まった薫の脇を両手で支えて、ヒョイと馬から降ろす。
「総司・・ずいぶん早かったな」
原田が横目で見る。
「ええまぁ・・アッチから声かけられちゃって」
沖田が手綱を掴みながら、小声で答える。
「"あら、沖田くん"とか言ってくるし」
原田と永倉が顔を見合わせた。