第百十四話 運命
1
1月も半ばを過ぎた。
近藤たちが大坂に出立して、京の本隊の見廻りはいる人数で割り当てられている。
人手が足りない中、沖田も隊務をこなしているが・・どうも体調が思わしくない。
年末に引いた風邪が抜け切らず、鼻風邪になっている。
ズルズルと鼻水をすすりながら、山南の話を繰り返す。
「それで・・なんでしたっけ?ササキ・・え~と・・」
「佐々木六角源氏太夫」
山南が、さっきから何度も繰り返した名前を辛抱強く繰り返す。
「ああ・・うん」
沖田は、手拭いで鼻をチーンとかむ。
山南がため息をつく。
「大丈夫なの?沖田くん」
「なんか・・耳塞がってるカンジ。ツバ飲み込むと、奥でパチンて音するし」
沖田は両手の人差し指を耳に入れて「あ~」と声を出す。
山南は息をついて、畳んだ書類を机の上に投げ置いた。
部屋には、山南と沖田と永倉と原田がいる。
「いーい?佐々木六角源氏太夫は・・まぁ、詐欺師の頭目ね。名門六角氏の名を騙って浪士を集めて、ロクデモナイこと企ててるみたい。いっぱし武装集団気取ってるからやっかいよ」
山南がムリヤリ気を取り直して説明を始める。
「見廻り組がやっきになって追い回してるけど、なかなか押えられないでいるの。それでこっちに要請が入ったってわけ。でも・・名前も覚えられないんじゃ、聞き込みも出来ないわ」
ため息をつく。
「左之、おめぇ前の方覚えろよ。オレ後ろ覚えるから」
永倉が思いついたように言った。
「なんだよ?オレが、"ササキなんとか"覚えりゃいいのか?」
原田が訊き返す。
「おう。んで、オレは、"ゲンジなんとか"覚える。それで完璧だ」
永倉が満足気に頷く。
山南が机に肘を置いて、ため息をついた。
2
昼飯の後で、シンが部屋でボーッと座り込んでいる。
(あー・・しばしの休憩~)
もともと独りが好きなシンにとって、誰もいない部屋はパラダイスである。
すると、いきなり障子が開いた。
驚いて腰を浮かしたシンが顔を向けると、廊下に山南が立っている。
「ちょっといいかしら?」
無表情に言葉をかけて、シンの返事を待つわけでもなく部屋に入って来る。
シンの前に端坐すると、袖から取り出したモノを前に置く。
シンのショックガンである。
驚いたシンが顔を上げて、山南を見る。
「コレ、返すわね」
山南の表情は読めない。
「・・あの」
「なぁに?」
「・・いえ」
シンは言葉を飲み込む。
(そういえば、この人・・)
シンは山南敬助に関することを思い出した。
物理学者であり歴史学者でもある赤城教授の影響で、日本史にもある程度精通しているが、新選組の詳細な情報など持っていない。
だが・・ある程度有名な事件は、さすがに頭に残っている。
山南敬助はある行動を起こすはずだが・・それがいつだったかまで思い出せない。
「なんで・・返してくれるんですか?」
乾いた声でシンが訊いた。
「べつに・・理由がいる?」
山南は淡々としている。
(この人って・・最初っからニガテだったな)
シンは屯所に来た当初、山南にコキ使われたのを思い出す。
3
山南が立ち上がった。
「じゃあ、用事はそれだけだから」
そう言って部屋から出ようとする山南の背中に、シンが声をかける。
「あの・・」
「なあに?」
振り向きながら、山南が訝しげな顔をする。
「あの・・もしこれから起こることが分かったら、変えようと思いますか?」
シンの唐突な質問に、山南が眉をひそめる。
「・・なんのこと?」
「いや・・あの、なんとなく」
言いかけたシンの言葉に、山南がカブせる。
「分かったところで・・変わらないわね」
「え?」
「人は自分で選んでるわ。どこに行くか、何をするか・・すべて自分で決めてるの。・・今、この瞬間もね」
山南の視線が強くなる。
「起こるべくして起こることだわ。それを変えるとしたら・・自分自身を変えることね」
「・・・」
シンは言葉を飲み込んだ。
山南は、それ以上は言わず部屋から出て行った。
シンは・・以前呼んだ雑誌の特集を思い出した。
"人の運命は性格で決まる"と言うものだった。
内容は詳しく覚えていないが・・結局、運命は自分自身が決めている。
そんなことだったと思う。
山南にこれから起きることは・・彼自身が選ぶ運命なのだろう。
無数にある選択肢の中で、どうしてもソレを選んでしまう。
例えソレが・・自らの死につながることだとしても。
シンはショックガンを手に取ると、部屋の隅の荷物の中に隠した。
山南に何か起きたら・・薫と環が泣くだろう。
それを見たくはない。
だが・・
シンは、知っていることをいっそ誰かに言ってしまいたい衝動にかられたが・・身体が動かない。
"傍観者であるべき"という、タイムトラベラーの禁忌のせいではない。
それは、他人の人生を土足で犯す行為だと思ったからだ。