第百十三話 大坂行き
1
元治2年1月4日
「正月休みも終わりだ」
土方が切り出した。
「年も変わったことだし・・隊の編成を改めることにした」
部屋には、土方と山南、永倉と原田、沖田と斎藤と藤堂の7人だ。
「九番隊の組長を、鈴木三樹三郎にする」
・・・沈黙。
「ハーイ」
沖田が手を上げる。
「・・なんだ?総司」
土方が横目で見る。
「その理由(ココロ)は?」
沖田が白けた声で訊く。
「"大人の事情"ってヤツだ」
土方が仏頂面で答える。
「総司、おめぇ・・大喜利なんかやってんじゃねぇ。正月ボケか?」
「・・ツッコんでんですけど」
沖田があぐらを組んだ姿勢で、ゲンナリ肩を落とす。
「なんすか・・?その"大人の事情"ってなぁ」
原田が不機嫌な声で訊くと、土方が答える。
「"わざわざ口で説明するようなコトじゃねぇ"ってこった」
「・・イミ分かんねぇ」
斎藤が横を向いてつぶやく。
「・・・」
藤堂は黙ったままだ。
「服部と篠原は、伍長として九番隊についてもらう」
「組長と伍長・・逆じゃね?」
今度は、永倉がツッコむ。
逆どころか・・鈴木の剣の腕は、良くて平隊士がいいところである。
それをムシして、土方が言葉を続ける。
「見廻りは十番隊と同行だから、慣れるまでは左之・・おめぇが手助けしてやれ」
「やだね」
原田が足を崩す。
2
「・・なんてった?左之」
土方が訊き返す。
「"やだね"」
「・・なんてった?」
「"やだね"」
「なんて?」
「・・・」
原田はもう答えない。
しばらくの沈黙の後で、口を開いたのは山南だった。
「仕方ないでしょ」
頬に手をあてるオバサンポーズを取る。
「仕方ないわよ・・もう。決まっちゃったことだもの」
「・・・」
5人が顔を見合わせる。
しばらくして、原田が諦めたようにつぶやく。
「ったく・・」
これが、山南のスゴイところかもしれない。
「仕方ない」と言えば・・本当に"仕方ない"ことになる。
山南は口数が減ったが、変わらずテキパキと仕事をこなしている。
ただ、雰囲気が変わった。
もともと淡々と冷めているが、さらに飄々と研ぎ澄まされている。
西本願寺への屯所移転については一切、触れない。
山南は部屋に戻ると、箪笥の奥にしまったシンのショックガンを取り出す。
制服を返した時の薫の驚いた顔を思い出して、つい笑いが込み上げる。
「結局・・あのコたちの正体、分からずじまいだったわね」
3
1月10日
屯所の近藤のもとに文が舞い込んだ。
大坂屯所の谷からである。
「谷のやつ・・」
近藤がうなる。
大坂に潜む土佐勤王党の残党が「市内に火を放ち、その機に乗じて大坂城を乗っ取る」計画を立てていた。
不審情報を聞きつけた大坂屯所の谷たちが、8日に連中のネジロになっているぜんざい屋を襲撃。
しかしタイミング悪く主犯格はすべて留守で出払っており、取り押さえたのは1名だけ。
テロ計画を未然に防ぐことはできたが、捕り物としては不発に終わった。
本隊である京の新選組には事後報告だった。
指示・応援を頼む時間が無かったとも言えるが、手柄を独り占めしようとの目論見だったようにも思える。
「すぐ大坂に向かうぞ」
土方が立ち上がる。
「残党狩りだ」
集めた組長と伍長と監察方に、大坂行きを指示する。
「オレと近藤さんはもちろん・・斎藤と平助、服部と山崎・・それに川島、松原も同行しろ」
山崎や松原、服部は土地勘があるので探索に向いていると判断した。
(山崎は訛りを出さないが、もとの生まれは大坂だ)
「平隊士も20人くらい連れていく。山崎、大坂周辺の土地に明るいヤツを選んどけ」
「はい」
いきなり大坂行きが決まった藤堂と斎藤が、部屋で旅支度を始める。
「あーあ・・正月早々、谷さんのドヤ顔拝まなきゃなんねーのかよ・・ったく」
手拭いを引っ張り出しながら藤堂がボヤく。
「・・うぜぇ」
斎藤は手を動かしながら、小声でつぶやいた。
シンも支度を手伝っている。
(そっか・・んじゃ、しばらくこの部屋、オレひとりじゃん)
屯所に軟禁されてからパーソナルゾーンゼロの生活を送っていたシンは、少しホッとしていた。