第十一話 藤堂
1
「あたしも一緒に買い出しに行っていいですか?」
薫が思い切って藤堂に訊いた。
必要な食材は、永倉や原田や藤堂に言えば隊士に行って買って来させるのだ。
しかし薫はどうしても屯所の外に出たかった。
藤堂が驚いた目で薫を見ている。
「あの、自分で食材とか見たいし。それにずっと屯所にいると息が詰まるっていうか」
「そっか、だよなぁ。若い娘が日がな一日こんなムサイ場所に押し込められちゃ」
藤堂は頷いた。
「よっしゃ。土方さんに談判してやらぁ」
藤堂は軽く請け負っていなくなった。
しばらくして戻るとガッツポーズをしている。
「土方さんから了解もらったぜ。案外簡単にお許しが出たよ」
薫は小躍りしたい気持ちだった。
さっそくその日、陽が高くなる前に、薫は藤堂に連れられて初めて京の町中に出た。
日中の京の町を初めて歩いた薫は、時代劇のような町並みに釘づけになっていた。
沢山の人が町を賑わせている。
背が小さくて痩せた人が多い。
子供が沢山いた。
平屋の店が続くなか、様々な物売りが肩に桶を担ぎながら通りを歩いて野菜や豆腐を売っている。
道端にゴザを引いて野菜を並べている売り子も多い。
なかには小さな子供の売り子もいる。
「なーにキョロキョロしてんだ?そんなに珍しいか?」
藤堂が薫に声をかける。
藤堂は薫が人にぶつかりそうになると、すぐに腕を引いてかばってくれた。
「何買うよ?なんでもいいぞぉ」
薫は作りたいものがあった。
環がスイーツを食べたがっていたので、この時代でも作れるものを考えていた。
「カボチャと砂糖と豆乳と卵、あと小麦粉」
「なんだ?いったい何作ろうってんだ?」
「カボチャの焼プリン」
「ぷりん?」
「うん」
「ふーん」
藤堂はもういちいち突っ込まない。
薫や環が分からない言葉を発するのに慣れてきたせいだ。
ほかに昼飯の材料も買って屯所に戻ると、薫はさっそく頭の中で繰り返したレシピを実行に移すことにした。
2
カボチャの焼プリン。
江戸時代には冷蔵庫も冷凍庫も無い。
冷やして楽しむ菓子は作れない。
焼く、煮る、しかないのだ。
レシピ自体はシンプルで簡単であったが、泡だて器が無いので沢山の箸を巻いてしばって替わりにした。
耐熱ガラスがないので行平鍋に材料を入れて、大鍋に湯を張って湯煎で一時間近くかけて焼き上げた。
粗熱が取れてから、水を入れた大鍋に行平鍋を入れて、しばらく置くと出来上がりである。
藤堂がめいっぱい材料を買い占めてくれたので、行平鍋4個分のカボチャの焼プリンが出来た。
カボチャは冬至に食べるイメージがあるが、実際の収穫時期は夏である。
長期間の保存に耐えられる貴重な食材だったので、昔から冬至に食べる習慣があったのかもしれない。
栄養豊富で甘みがあるので、菓子の材料としてはもってこいである。
環の喜ぶ顔が想像できて薫はウキウキした。
ただし材料代を出したのは藤堂なので、薫は藤堂に一番最初に味見してもらった。
「うんめー!マジうめー!オニうめー!」
藤堂は飛び上がらんばかりに喜んで、昼飯の時刻で戻って来ていたほかの連中を呼びに行ってしまった。
その間、薫は自分と環の分をコッソリ寄せておく。
そうしないと全部隊士達に食べられてしまうのだ。
カボチャのプリンは大絶賛であった。
甘い物好きの土方と沖田はおかわりを欲しがったが、残っていないと分かると、落胆して薫にまた作るように言ってきた。
薫は隊士のリアクションの大きさに驚いてるが、ここまで喜んでもらえると料理人冥利につきると言うものである。
薫は環と2人で布団部屋でプリンを食べた。
「おいしい!薫の料理ってクォリティ高いね」
「えへへ」
薫は誰よりも環の褒め言葉がうれしい。
「フライドポテトとか作ってみたいと思ったけどジャガイモ売ってないんだよね。サツマイモと里芋と長芋ばっかり」
「ふぅん、ジャガイモってこの時代無かったのかな?北海道にはあるとか」
「分からない。でも卵とお酢があるから、今度マヨネーズ作ってみる」
「ほんと?マヨネーズの味が恋しい」
「うん。前に自家製のマヨネーズ作ってたから多分イケると思う」
「そっか。わたしは石鹸作りたい」
「石鹸?」
「うん。ここ不潔過ぎる」
「確かに。石鹸あったらイイね」
「今度山崎さんが来たら、屯所が汚過ぎるって言うつもり。こんなとこじゃ病気も怪我も良くならない」
「そういえば最近、山崎さん全然見ないけど」
「うん、ずっと監察に出てて、屯所には戻ってないみたい」
3
近藤と山南と土方が座を囲んでいた。
局長と総長と副長が人払いをして密談をするのは、物騒な話し合いである。
「枡屋を抑えて古高を捕縛する」
近藤が言うと山南が神妙な顔で頷いた。
「いよいよですわね、近藤局長」
「隊士たちに準備させておけよ、トシ」
「そっちは大丈夫さ。あとぁ機会だな。古高を確実に捕まえるための」
「やつの動きは」
「過激派の攘夷志士どもが頻繁に枡屋に集まっている。島田と山崎からの報告だと、近く動きがあるかもしれん」
「では、その前に。善は急げってね」
「明後日、五の日の朝に決行だ」
近藤の声が低く部屋に響いた。
「武田を行かせる」
土方が具体的な計画を口にした。
局長と副長の役回りの違いである。
「監察方の連中と合流して一網打尽にする。逃がしゃしねぇ」
土方の目が異様にギラついている。
山南は土方の目つきの凄さに軽く恐怖感を覚えた。
土方にはどこか狂気的なほどの獣臭さがあった。
近藤の人柄に敬服している山南だが、好戦的な土方の気性には気おくれしている。
(この人は尋常な人間ではない)
山南はそう思っている。