第百九話 除夜
1
「おミツちゃん・・そろそろ」
一緒にいる娘2人が袖を取ると、ミツが慌てたように振り返る。
「あ・・うん。じゃあ、ウチもう行かんと」
「ああ・・」
娘たちは神社の石段を登って行った。
「ねぇねぇ、おミツちゃん。いまの人たち誰ぇ?むっちゃカッコええ~」
若い娘にとっては、新選組でも不浄役人の廻り方でも・・"イケメンだったらOK"らしい。
井上が腕組みをして沖田に目をやる。
「ふぅん・・」
「なんだよ?」
沖田が不機嫌な声を出す。
「総司・・おめぇスミに置けねぇな」
「んなんじゃねーよ!」
「へぇ?」
井上は笑いながら、石段を登り始めた。
「オレぁ・・境内の方、見てくらぁ」
沖田は神社の周辺を一通り見廻ってから入口に戻る。
するとちょうど石段から井上が降りてきた。
「どうやら・・中も外も異状ねぇなー」
沖田の隣りに並ぶと、空を見上げる。
雪が降り始めた。
「さびぃ」
「甘酒飲みてぇなー」
すると、通りの向こうから声が聞こえる。
「いやっ、離してください!」
沖田と井上が、声の方に走り出す。
すると・・
ミツと、一緒にいた2人の娘が、オトコ5人に取り囲まれていた。
2
除夜の鐘を聴きながら、薫と環は沖田たちの帰りを待っている。
「なんか・・京ってお寺だらけだから、鐘の音もあっちこっちから聞こえてきますねー」
環が耳を澄ませながら言った。
鐘の音は、遠くからゆるく響いて耳に心地良い。
「七条まで行くともっとすごいわよ」
山南が言った。
部屋には、薫と環と山南の3人だけだ。
山南といると安心感がある。
「除夜の鐘、数えようと思ったけど・・ムリだったー」
薫がつぶやく。
山南がクスクス笑う。
「除夜の鐘って、煩悩を祓うんですよね」
環が訊くと、山南が頷く。
「そうよ。人間って、百八つも煩悩持ってるらしいから」
「百八つ・・」
薫がつぶやくと、山南がゆったり笑う。
「今年中に107回鐘をついて、年が明けてから最後の1回をつくのよ」
「へぇー」
「でもまぁ・・鐘で煩悩を祓っても、音が止めばすぐに欲にかられるわ」
山南が静かな声で言った。
「際限が無いわ・・人間の欲には。百八つ祓ったって、焼石に水みたいなものね」
「サンナンさん・・」
山南の言葉に、環と薫が驚いた顔をする。
「ごめんなさい」
山南が苦笑する。
「そう言えば・・環ちゃんと薫ちゃんは、屯所に来てから初めてのお正月ね」
「はい」
「わたしね・・アナタたちが来てくれて良かったと思ってるの」
山南が静かに続ける。
「沖田クンや斎藤クンも、ほんのちょっと変わったし・・ああ見えて、土方さんも」
「そーですかぁ?」
薫が疑わしい声を出す。
「そうよー。ま、永倉クンと原田クンは全然変わってないけど」
山南が低い声でつけたす。
「藤堂クンは・・いったい、どうするのかしらね。彼」
「え?」
「ううん・・なんでもないわ」
山南は、小さく首を振った。
3
「いいやんか、ちょい付き合わんかい」
「かい(可愛い)やんか~」
ミツと2人の娘が、酒の入ったオトコたちにからまれていた。
そのうちの1人が、ミツの手首を掴んでいる。
沖田が突然立ち止まる。
「大助・・おめぇ、助けてやれよ」
「ん?どしたんだよ、おめぇの知り合いだろ」
井上も立ち止まって振り返る。
「また・・ややこしくなっちゃメンドーだし」
沖田が困った顔をする。
「なんだよ、そりゃ?・・まぁ、いい。ちょっと行ってくらぁ。あとで甘酒オゴレよ」
そう言って、井上が走り出す。
「おーい、おめぇら。除夜の鐘、聞こえねぇのかー?」
井上がオトコたちに声をかける。
「ボンノー消せ、ボンノー」
井上の声に振り返ったオトコたちが険しい顔をする。
「なんやぁ?おまい」
「すっこんどれやぁ」
酒臭い息をはいて、オトコたちがわめき散らす。
すると井上が、手前のオトコの手首をヒネって軽く蹴り倒した。
「なにすんじゃあ」
大声を出してかかってきたオトコを軽くかわすと、勢い余ったオトコが道に転がる。
もう1人の腕を取って、背中にねじった。
「動くと折れるぜ」
すると・・オトコたちが「あわわ」とつぶやきながら逃げ出した。
井上が手の力を緩めると、最後の1人も腕を押えながら逃げ出す。
井上が着物をパンパン払っていると、娘3人が寄って来た。
「あの・・おおきに」
3人一緒にお辞儀する。
見物していた沖田がひと息つく。
すると・・沖田の後ろに、いつのまにか弥彦が立っていた。
「沖田の旦那ぁ、ひさしぶりや~」