第百八話 年越し蕎麦
1
翌日、沖田は隊務に復帰した。
大晦日から正月三ヶ日までどこも店は閉まってるが、除夜詣と元旦詣(大晦日と元旦にそれぞれ参る)に出かける人で、神社には夜更けから人が出て来る。
この時代は恵方詣(家から見て吉の方角にある神社へ参る)が一般的で、平成のように有名神社に殺到するわけではない。
そのため人出も広範囲に渡る。
人が多く集まる神社の近くには、屋台が建ち夜更けから賑わっている。
罰当たりな連中がスリや空き巣、果ては酒に酔っての強姦騒ぎを起こしたりするので、奉行所の見廻りのほかに新選組も借り出されている。
昼に仮眠を取って、夜更けに一番隊から十番隊まで持ち場を見廻る。
隊士の中で妻子のあるものは、土方が正月の暇を出したので人数は普段より少ない。
「今日(大晦日)明日(元旦)何も無ければ、二日と三日は休めるわよ」
山南がニッコリ笑って言った。
この時代の正月は、詣でる以外は自宅ヒキコモリ状態(年神を迎えるおこもり)なので、さほど物騒な騒ぎは起きない。
夕方、部屋に組長が集められた。
見廻りする持ち場を打ち合わせている。
そこにスラリと障子が開く。
「年越し蕎麦できましたよ」
薫と環がお盆に載せた蕎麦を運んできた。
廊下に置いたお盆の上から、部屋の中に蕎麦を順々に運ぶ。
「やった。やっぱ、大晦日は蕎麦食わねぇとな」
永倉が上機嫌になる。
「この時代から年越し蕎麦ってあったんですね」
どんぶりを手渡しながら環がつぶやくと、土方が顔を上げた。
「あ?なんだって?」
「い、いえ・・なんでもないです」
2
「おめぇらの分はどうした?」
土方が訊くと、薫が振り返って答える。
「ありますよ、ちゃんと。お台所に残してるからダイジョーブです」
すると土方が蕎麦をすすりながら言った。
「いくらなんでも炊事場じゃ寒いだろう。ここに持って来て一緒に食やぁいいじぇねぇか」
永倉と原田が顔を上げた。
「土方さん、やさしー。どーしたの?」
永倉がはやしたてると、土方がゲンナリ顔を上げる。
「新八、てめぇはちっと黙ってろよ。うるせーんだ」
土方に言われたので、2人は炊事場から自分の分のお蕎麦を持って部屋に入った。
斎藤と藤堂の隣りが空いている。
環が藤堂に声をかける。
「藤堂さん、ここいいですか?」
「おー、座れ、座れ。女の子、大歓迎よ~」
藤堂がニコニコ笑う。
「斎藤さん、ここいいですか?」
薫が声をかけると、斎藤が蕎麦をすすりながら見向きもせずに答える。
「ああ・・」
(アイソもクソも無いって・・こーゆーの言うんだろうな)
薫が斎藤の隣りに座る。
だが、薫は斎藤がキライではない。
斎藤を見ると、クラスに必ず1人はいるガキ大将を思い出す。
ぶっきらぼうだが、なんだかんだけっこう優しい気がする。
薫と環が手を合わせてから声を出す。
「いただきます」
同時に永倉たちも声を出した。
「ごっつぉーさん」
(え?)
薫と環はまだ箸をつけていないが、男たちはすでに蕎麦を食ってしまった。
「んじゃ、オレらもう出るぜ。ゆっくり蕎麦食えよ」
そう言って、オトコたちはワラワラと部屋から出て行った。
山南もいなくなったので、部屋には薫と環と・・オトコたちが食べた蕎麦のどんぶりだけが残された。
「なんか・・結局2人だよね」
「うん」
人がいなくなった部屋で、ズルズル蕎麦を食べ始めた。
3
「よぉ、新選組も出張ってたんか」
井上だった。
神社の入口で見廻りしている沖田に声をかけて来た。
「大助、おめぇも来てたのかよ」
沖田が振り返る。
「・・だったら、ここら辺は大丈夫だな」
沖田がポリポリと頭を掻く。
「いてもしゃーねぇか・・帰ろっかなー」
井上のテンションが一気に下がる。
「それ、今・・オレが言おうとしてたんだよ」
「沖田はん?」
若い女の声がする。
声の方に目をやると、そこにミツが立っていた。
両隣りには若い娘が2人立っている。
「おミツちゃん?」
沖田が驚いた顔をする。
「やっぱり、沖田はん。・・見廻りどすか?」
ミツは嬉しそうな声を出す。
「ああ・・」
沖田が頷く。
「・・元気そうだね」
ミツがコックリと頷く。
「ウチいま・・木屋町の南部先生のとこでお世話になってますのや。浜崎先生とこに来てた吉岡先生が口きいてくれはって」
吉岡は南部精一郎の診療所から派遣され、壬生で新選組の診療を行っている。
「木屋町の南部先生?」
井上が口をはさむ。
ミツが沖田に目を向ける。
「沖田はん・・こちらは?」
沖田が仕方ないようなカオをする。
「ああ・・こいつは廻り方の同心だよ」
「お役人さまどすか?」
ミツは井上の腰の刀に目をやる。
「総司のダチだよ。よろしくな、嬢ちゃん」
井上が笑うと、ミツは少し安心した顔をする。
ゴォーン・・・
除夜の鐘の音が聞こえてきた。




