第百六話 僧形
1
人数に押されて防戦一方になってると、いつの間にか相手が減っている。
どうやら戦線離脱して、少しずつ寺から脱け出しているようだ。
すると、正門の方から藤堂と山野が現れた。
逃げる浪士の行く手を塞ぐ。
「待て!」
山野が沖田の隣りに並んだ。
「すいません、遅くなって」
浪士と剣を交えながら、藤堂が声をかける。
「ワリぃ、錠がかかっててな。塀からよじ登ったら、下でカチ合ったぜ」
藤堂と山野が加わると、まだ10人以上いる相手が一斉に逃亡に転じる。
3方に分かれて、散り散りに逃げ始めた。
「逃がすな、追え!」
土方の声で、沖田たちが逃げる浪士を追いかける。
土方は、本堂に上がり込んで中を進む。
奥の部屋まで来ると、僧形が数珠を手に端坐していた。
「あんたが住職か?」
土方が声をかけると、僧形が顔を上げた。
「そちらは?・・こんな夜中に土足で寺に入り込むのはいかがなものでしょう」
「新選組だ」
土方が僧形のすぐそばに立って見下ろす。
「この寺に不審な浪士が出入りしてると聞いてな」
「はて?なんのことでしょうか?」
僧形は首を傾げる。
「朝のお勤めまで、まだ時間あんだろ?ゆっくり話そうぜ」
土方が凄みのある顔で笑うと、僧形の顔が恐怖にひきつった。
2
住職は、土方の問いに知らぬ存ぜぬを貫いた。
『招き入れたのではなく、勝手に寺に入り込んでいた』
『刀で脅されて、いたしかたなかった』
寺が良く使う逃げ口上で、責任逃れをした。
寺院が相手では、それ以上は追及できない。
捕縛したのは、最初に捕えた2人を入れて全部で11人。
残りはまんまと逃げられてしまった。
正門と通用門のほかに北側の崩れた塀の根元に穴が掘られて、そこに逃げ道が作られていた。
「んで、捕まえた連中は?」
永倉が訊いた。
「東の倉です。土方副長が取り調べてます」
山崎が答える。
朝方、屯所に戻って仮眠を取り、すぐに捕まえた連中の身元を洗い始めた。
「取り調べねぇ・・拷問だろ?ありゃーもう、シュミだな。土方さんの」
永倉が首を傾げる。
「そういや・・総司のやつが寝込んでるって?」
原田が訊くと、山崎が頷く。
「ええ・・どうやら、戦闘の時から熱が出てたようです」
「ったく・・あいつぁ、無茶しやがるぜ」
原田がブツブツとつぶやく。
「あーあ。オレたちが行ってりゃ、半数以上も取り逃がすことぁ無かったぜー」
永倉が苦い顔をする。
「しゃーねぇよ」
原田がアッケラカンと言った。
3
寝込んでる沖田の枕元に、環が座っている。
脇に置いたお盆には、薫が作ったおかゆが載っていた。
カブの葉をきざんだ菜飯風のおかゆだ。
「沖田さん、起きれるようならゴハン食べましょう」
環が、薄目を開けてる沖田に声をかける。
沖田はモゾモゾと起き上がり、お盆に載ったおかゆに目をやった。
「それ・・薫が作ったのか?」
「はい。青物が入ってるんで、身体に良いですよ」
環がお椀におかゆを盛る。
手渡されたお椀に口をつけて、箸で口にかきこむ。
「・・うまいや」
「"色んな色の野菜を食べると身体に良いよ"って薫に言ったら、"お昼は何色にしようかな"って」
環がクスクス笑いながら話す。
「・・・」
沖田は無言でおかゆをすする。
「"部屋に近づくな"って言ったんですか?薫に」
環がなんでもないような口調で訊いた。
「別に・・あいつにだけ言ったんじゃねぇよ。環・・おめぇももう、この部屋には近づくな」
沖田がおかゆをすすりながら話す。
「それは・・病気が感染るからですか?」
今度は、少しためらいながら訊いた。
沖田は黙っておかゆをすすっている。
「沖田さんの病気・・。わたしと薫は・・多分大丈夫です」
環の言葉を訊いて、沖田が箸を止めた。